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コラム カメラマンが行く!プロゴルフトーナメント

ニチレイPGMレディス

ニチレイPGMレディス

2日目-3アンダーでスタートして行った横峯さくら、この後6バーディー1ボギー通算8アンダーとし単独首位に躍り出る。

 行ってきました茨城まで遥々と…ニチレイPGMレディス。今回は車ではなく新幹線で品川まで行き先輩の車に便乗、泊まりは土浦泊。会場は美浦ゴルフクラブ、ここは霞ヶ浦の西側、真中近くに位置していて近くにはJRAの美浦トレーニングセンターがある。

川になった18番フェアウェイ

 梅雨の最中、雨が心配だったが…これがまた々、最終日土砂降りで中止。5組程スタートして行った所で中断…何度も競技再開を延長し10時30分ついに中止決定。初日や2日目ならもう少し様子を見るだろうが、最終日はテレビ中継の都合もあり早目に決断されるようだ。とりあえず36ホール終了していれば競技は成立するので…

10:30競技中止が決定

 その結果、2日目トップの横峯さくらが優勝ということに。今年3勝目、思わぬ優勝を手にした横峰、6月21日当日の父の日に最高のプレゼントができたようだ。

 ギャラリー(もちろん我々もだが)にとって残念なのは最終組のペアリングが良かったこと、古閑、有村、さくらという豪華な顔ぶれ…雨にもかかわらず多くのギャラリーが来てくれたのだが、フェアウェイは川になり、バンカーは池になり、グリーンは水が浮いたままでは試合になりません。早くスタートした福島浩子が“ドロップする場所もないくらいどこも同じなのでそのまま打ちました”って言ってた。

父親の良郎さんと握手する横峰さくら。この日は父の日、親父さんに最高のプレゼントが出来た。

 賞金は主催者のご好意で満額支払われることに、でも賞金ランキングへの加算は75%だ。
今年は最終日の天候に恵まれず、中止はすでに3試合目。ホント自然には勝てません。

 ここで霞ヶ浦の歴史をちょっと紹介しておこう。
この湖、古代は海と繋がっており琵琶湖に次ぐ日本2位の面積を誇る。江戸時代は肥料用の草や萱を入手するための原野に過ぎず、明治時代になって急速に開墾が進んだ。大正5年(1916)には帝国海軍の霞ヶ浦飛行場ができ、その後、海運航空部隊予科練習部(通称予科練)も開設され、海軍の一大拠点として発展した。そのためか多くの戦争遺産が点在する。

すでに廃業しているが“予科練”という名のうどん屋を発見、店主は元海軍さんだったのだろう…

 山本五十六(連合艦隊司令長官)が大佐時代に勤務した地でもあり、当時、山本は“これからの戦争は飛行機の時代になる”と考え飛行機の開発やパイロットの育成に力を注いだ。(その頃はまだ木製布張り翼の複葉機だった)

 予科練卒業生は全国で24,000人にのぼり、真珠湾やミッドウェイで活躍したパイロットは、ここで訓練を受け戦地に赴いた。太平洋戦争末期の神風、人間魚雷回天、桜花なども予科練が中心となり悲しい歴史も多い。

 また、巨大飛行船ツェッペリン号の停泊地やリンドバーグが降り立ったことでも知られる。
現在、当時の飛行場は取り壊され自衛隊の駐屯地や飛行学校、井関農機工場、病院などになっているが、駐屯地には資料館もあり、パトリオットも配備されているという(今は移動されてるかも?これは見学できない)。跡地には山本五十六の歌碑が立てられている。

土浦側から見た霞ヶ浦。天気がよければ綺麗だが…

 名産はレンコン、スイカ、メロン、うなぎ、魚介類の佃煮、などなどたくさんあり、湖畔の肥沃な土地と水温の高さが寄与しているようだ。 特にうなぎは天然物が食べられる店もある、値段もかなりらしいが…どんぶり¥5,000~とか…

 このように派手さはないが戦争にかかわる歴史的な遺産も多いので、名物を食ベながら“ぶらっと”散策するのも良いものだ、ただし面積はかなり広大なので車がないと不可能かも?JRAの美浦トレーニングセンターも土曜日曜のみ予約制で見学可能だ。

2009年07月30日

コラムフォト

取材担当プロフィール

山之内 博章 やまのうち はくしょう (はっちゃんと呼ばれています。)
1967年2月24日名古屋市生まれO型の魚座です
ゴルフフォトグラファーをやってますが、他に人物や商品も撮ります。
特技?なんだろ?カラオケは大好き。

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