あっという間に春が来て、気づけば満開の桜も既に散りかけているからか、厳しかった今年の冬がずっと遥か昔のことのように思える。特に今年の北陸は、大雪記録が連日更新され、本当に厳しかっただろう。実感できたのは、北陸旅行の予定が大雪のおかげで一度キャンセルされたからだ。
大雪警報から2週間後の2月末、悲願の北陸旅行に行った。特急サンダーバードで約2時間。今回滞在するのは、言わずとも知れる、北陸最古の温泉宿・粟津温泉の「法師」である。法師の歴史は奈良時代にさかのぼる。平城京遷都の少し後、718年に霊峰白山開山の祖、泰澄大師が開湯したとされている。2011年に山梨の西山温泉「慶雲館」にギネス更新されるまでは日本で、いや世界で一番古い温泉宿とされてきた。1300年の伝承宿は現在なんと46代目になる。
宿に入ると美しい庭園を眺められる広い和室に通され、まずは一服のお抹茶からおもてなしされる。上品な甘さの餡が包まれた和菓子は、法師の滞在客に提供されるためのみ作られたものらしい。先週積もった大雪がまだ大量に残っているものの、うす青く照らされた雪をかぶった日本庭園は静まり返り、お抹茶をいただくのに十分な景色である。
広い和室に通された後は早速伝統ある最古の秘湯へ。男女分かれた大浴場は、広い内湯と露天に分かれる。最古といえどもサウナや水風呂も併設され、露天風呂も美しい石造りの現代風なあつらえである。お湯は透明で柔らかいし、刺激が少なくさらっとしている。湯上がりはずっとぽかぽかし、雪の積もった庭園に出れば冷気が肺を爽やかに冷やす。
夕食は大広間でテーブルに座って提供される。座敷に正座でないところが個人的には嬉しいところ。「熱いものは熱々のうちに、冷たいものはあくまで冷たく」が法師の流儀。一つ一つ丁寧に味付けされた冷菜から始まり、新鮮なお刺身、出汁のきいた豚しゃぶ、カリカリの楽しい歯ごたえが楽しめる牛蒡のかき揚げなど全てベストタイミングで出てくる。提供して下さる仲井さんの付かず離れずな会話のタイミングも実に絶妙で、ベテランを感じさせる。地酒と共に味わう食事と会話は、伝統宿ならではの特別なものであった。
翌朝起きた直後と朝食後に、二度も入浴を楽しんで、たっぷりチェックアウト時間まで滞在を楽しんだ。快晴で春の訪れを感じる暖かさの中、白雪が輝く白山連峰を右手に望みながら、金沢までさらに足を伸ばす。近江町市場でマストな回転寿司や食べ歩きを満喫してから帰路についた。
もとはといえば湯治が目的で、多くの人々の治療をするために開湯したという法師の宿。今でこそ娯楽で温泉宿に泊まるのが目的になっているのだが、ここの宿では目にするもの、口にするもの、肌で感じるもの全て、自らの五感を研ぎ澄ますことができる気がする。1300年もの伝統ある宿はいかほどに荘厳で堅苦しいのだろうと思っていたが、どんな人でも心地よく滞在できる、日本本来の温かいおもてなしを提供してもらえる宿の原点であった。
【粟津温泉 法師】
住所: 石川県小松市粟津温泉
アクセス: 名古屋から特急しらさぎにて加賀温泉駅下車(約2時間30分)
源泉名: 粟津温泉
泉質: ナトリウム硫酸塩泉
温度: 43.5℃, PH値7.6
色・味・匂: 無色透明・微弱塩味
効能: リウマチ性疾患・慢性筋肉リウマチ・神経痛・神経炎・慢性皮膚病・慢性婦人科疾患・動脈硬化症・高血圧・糖尿病・通風
2018年04月16日