2011年05月23日
「私は幸せだ」。そう聞いた瞬間、えっ、と思わず聞き直した。リビア東部の港町トブルクで息子とおいをいっぺんに亡くしたムクタさん(54)に心情を聞いたときのことだ。
息子のバルカヤさん(29)はデモの最中、警官に左胸を撃ち抜かれて絶命。おいのナジェさん(41)はその後、反体制派の部隊に志願し西方の激戦地で戦死した。ムクタさんは悔しさをかみ殺すように言った。「われわれリビア人は自由が必要だ。そのために死ぬのは家族の誇りだ」
帰り道、アラビア語の通訳を頼んだ大学生のナセルさん(21)が教えてくれた。町で二十数年前、カダフィ体制に異議を唱えた青年が広場で絞首刑にされるという事件があった。「警察官が彼の体にぶら下がって、とどめを刺したそうです。それから誰もカダフィの悪口を言わなくなった」
41年間独裁を続けてきたカダフィ大佐は、クーデターで追放した国王の写真を持っているだけで、市民を投獄するという恐怖政治を敷き、徹底的に自由を奪った。「ぼくらが欲しいのは金でも仕事でもない。自由こそだ。そのために僕もこの革命で死ぬ」
十日余り滞在した町は人々の自由への渇望であふれていた。離れるとき、ナセルさんに言わずにはいられなかった。「自由のために生き抜いてほしい」 (杉谷剛)