2012年06月19日
とてもロンドンらしい粋な話を小耳に挟んだ。地方から引っ越して来て間もない女性の体験談。停留所の行き先表示から「自宅近くにも止まるだろう」と、いつもと違うバスに乗った。ところが、見覚えのある場所は通らない。あれっ?と思っているうちに車庫に入ってしまった。
最初から乗客は女性だけだった。「襲うつもりだ。だから、本来とは違う道路を選んで車庫に向かったに違いない」。身の危険を感じた彼女は攻撃は最大の防御なりと、運転席の近くへ。「なめるな」とまくしたてた。
ところが、運転手はきょとんとしている。「君の言っているバス停にはもともと停車しない。同じ地域の別の道路は通ったんだけどね」と笑い、こう続けた。「じゃあ乗せて行ってあげるよ」
と言っても、自分の車を使ったわけではない。ロンドン名物の赤い2階建てバスに彼女1人を乗せ、小路を右へ左へ。家の前まで送り届けてくれた。
「想像するだけでも面白い光景だ」と感心していると、自分も似た経験をした。突然降りだした激しい雨にずぶぬれになりながら走っていると、擦れ違った青年に呼び止められた。「もう自宅に近いから、この傘を使って」
彼女の言葉を思い出した。「この街は、見知らぬ人の親切がすてきなんです」 (有賀信彦)