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シウダフアレス 橋に分かたれた貧富

2012年09月12日

 偉そうかもと気が引けたが、生まれて初めて路上の靴磨きを頼んでみた。米テキサス州と国境を接するメキシコ最北部の街、シウダフアレスでのことだ。

 呼び止められるまま椅子に座り、足元の鉄の台に両足を乗せた。店主は洗剤を泡立てて、靴の表面をスポンジで拭いた。次に靴墨を刷毛(はけ)で塗り、謎の液体を吹き付けて乾く前にタオルで磨いた。

 ツヤは出たが、ムラもある。それでも店主は「ピカピカだ」と満足げだ。そして道具を片付けながら「客が減っている。外国人の靴を磨いたのは久しぶりだ」とつぶやいた。

 近くにある国境ゲートに高齢の女性が立っていた。米国から走ってくる車に紙コップを差し出し、施しの小銭を求めていた。止まる車はほとんどなく、履いているゴム草履が黒く汚れていた。

 メキシコ政府が進める麻薬密輸組織掃討作戦(麻薬戦争)の最前線。治安が悪化し、街の経済は壊れかけている。国境の向こうに「富」と「自由」を象徴する米国が見えているが、わずか数100メートルの橋が人の暮らしを別世界のように分けていた。

 その橋を途中まで渡って振り返ると、ゲートの女性が立ち去るところだった。履いていたゴム草履と磨いたばかりの自分の靴。ムラのように広がる思いをぬぐえないまま、米国に向かって国境を越えた。

(青柳知敏)