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江華島 ビラ風船思い乗せて

2013年01月03日

 北朝鮮まで数キロの山の中。夜やみに浮かぶパソコンの画面で彼は上空の気象データを確認した。「今なら上空3000~5000メートルに飛ばせば風船は北、つまり平壌の方に向かう」

 脱北者の李民馥(イミンボク)さん(55)は10年前から、北朝鮮の体制非難ビラを風船で北朝鮮に向けて飛ばしている。韓国北西部・江華島(カンファド)での活動に先日同行した。

 いつも妻と2人だけで飛ばす。絶好の風を求めて毎回場所を変え、深夜や未明の場合も。狙った高度に合わせてビラや救援食料の重さを変えて風船に結び、ガスを充満させる。骨の折れる作業だ。「他人との活動だったら長続きしないよ」

 李さん自身、北朝鮮でビラを拾った。朝鮮戦争は北朝鮮の南侵で始まったとの記述に驚いた。「米国と韓国が始めたと教え込まれていた。忠誠を誓ってきた指導者は詐欺師」と思いを深め脱北した。

 最近、一部の団体がビラ散布計画を大々的に宣伝し、北朝鮮が報復砲撃を予告した。李さんは「ひっそりと実行し、周辺の住民を不安がらせないのが鉄則だ」と残念がる。

 ビラには故郷の同胞に伝えたい情報がゴマ粒のようにびっしり書かれ、経文のようだった。だからだろう。風船が吸い込まれる夜空からは同胞に向けた念仏のような叫びが聞こえる気がして、身震いした。 (辻渕智之)