2013年02月10日
「ヒョジュー、ジミーン」。飼育員のおじさんが笑う。「私の好きな女優の名前です。出てこない。寝てるのかなあ」
すると、奥にあるブロックの穴から茶色っぽい何かが現れ、池に飛び込んだ。それがカワウソだった。池を横切りながら、水面に顔を出すと、目はくりくりで鼻先はヒゲだらけの愛らしい表情だ。
韓国北部・華川(ファチョン)の山間にあるカワウソ研究所。日本で絶滅し、韓国でも激減。北朝鮮から流れる川で往来しているか調査放流するというので取材に訪れた。
おなかが少し出た胴長の体を水中でくるくる回す。池から上がると、2本足で仁王立ち。キュー、キューと母性本能をくすぐるような声で鳴いたかと思うと、水をはじく硬そうな毛並みを飼育員の体にこすりつけた。
「じゃれてるんですけど、かむと痛いんですよ」。飼育員がズボンをまくると、足には生傷の数々。でも人なつこくて驚いた。逃げもせず、私の足元にきて靴をなめ始めた。
こんな性格なら、背丈も変わらない子どもと一緒に川遊びできるかもと想像した。昔読んだ本に、夜になるとカワウソと人が相撲を取ったと書いてあった。けれど、今の日本では「カッパと相撲を取った」というほど怪しげな話になるかと思うと、さびしい気分になった。 (辻渕智之)