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ハラブジャ 残る化学兵器の記憶

2013年06月10日

  赤ん坊から大人まで、動物も。犠牲者の遺体が、街じゅうに散乱し、静寂が襲った。

 1988年、イラクの旧フセイン政権がクルド人の弾圧に化学兵器を使い、5000人を虐殺した同国北部ハラブジャ。25年後の今も生々しい記憶が街の随所に残っていた。

 主婦アルワンさん(32)はあの日、軍用機が異常な低空飛行をしていたのを初めて見た。親子で防空壕(ごう)に隠れた。爆撃音が次第に迫る中、父親が一生懸命に冗談を飛ばし、怖がる子たちを和ませようとした。だが、すぐ近くに爆弾が落ちて、すさまじいほこりが立ちこめ、何も聞こえず見えなくなった。

 外に出ると奇妙なガス臭が。飛んでいた鳥が落ちて地面を覆った。弟の涙が止まらなくなった。「化学兵器だ」。おじが叫んだ。

 1台の車に親類13人がつかまり逃げた。道すがらおかしな夫婦が歩いているのを目撃した。夫は狂ったように笑い、妻は泣いていた。道端で眠っていた女の子を起こそうとしたら、死んでいた。

 ガスを吸った家族は途中で次々倒れ、9人のうち父母らが死亡。助かったのは自分と弟妹の4人だけという。

 今、内戦に陥った隣国シリアでも化学兵器が使用された疑いが出ている。人間は同じ過ちを繰り返すのか。そんな死者の嘆きが、街のあちこちで響いた気がした。 (今村実)