2013年10月21日
「正直、仕返ししたいと思いました」
彼はぽつりとそう言うと、押し黙った。ニューヨークからボストンに向かう長距離列車の中。ガタンゴトン揺れる座席に座って、彼はそれきり何も話さなかった。
目がみるみる真っ赤になり、つうっと涙が頬を伝って落ちた。車窓の向こうを森が通り過ぎ、海が見えた。でも、彼はただ前を向いたまま黙っていた。
彼が兄を失ったのは、12年前の9月11日。兄が働いていたニューヨークの世界貿易センタービルが同時テロで崩れ落ちた。遺体は今に至るまで見つかっていない。
「今年4月のボストン連続爆破テロの現場に行きたい」という彼と一緒に列車に乗った。12年前のことをいろいろと話してくれた。でも「仕返し」の言葉を口にしたとたん、彼はぴたりと止まってしまった。ガタンゴトンと揺れる列車の音だけが聞こえていた。海が過ぎ、また深緑の森が続いた。
だいぶたってから、彼はつぶやいた。「でも、子供もいますから。独身だったらどうだろう・・・。いや、そう思う自分がいけないのは分かってます。今はそんなこと、思ってないですよ」
12年という歳月は、途方もなく長い。変わったことも多い。けれども、彼の悲しみも苦しみも終わっていない。 (吉枝道生)