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ブエノスアイレス みんな忘れていない

2013年11月14日

 手首の内側に、かすんだ緑色の文字で刺青が彫られていた。誰かの名前と「2004」。出張で南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに向かう飛行機の中で、隣に座ったポルトガル人の女性、フィリッパさんは、2004年に起きたスマトラ沖地震で津波にのみ込まれ、生還した。当時の交際相手と、16歳の息子と、海岸沿いのバンガローでくつろいでいた。気付いたら水の中にいた。

 「死ぬんだな。だったら笑って死のう」。体の力が抜けた次の瞬間、砂浜に打ち上げられていた。交際相手は見つからなかった。

 東日本大震災の津波は衝撃だった。津波の全貌を初めて目にして、フィリッパさんは胸が騒いだ。「被災地はどう?現地の人は?」。日本のニュースばかり追っている。

 到着したブエノスアイレスでも、日本を気遣う人に多く出会った。みな被災地や、終息しない原発事故に心を痛めていた。

 この地で、東京は2020年の夏季五輪開催地として選ばれた。その日夜の祝宴で、国際オリンピック委員会(IOC)の委員であるマレーシアの王子が、大きな声で日本語の歌を歌い始めた。

 「上を向いて歩こう。涙がこぼれないように」。被災地へのエールだった。 (長田弘己)