2014年02月03日

　ここは本当にニューヨークなのか。「パパ・アントニオ」の家の地下室に下りて、頭がくらくらした。外から見れば、ごく普通の住宅。だが、中は別世界だった。たっぷりとワインが入ったタンクがずらりと並ぶ。ブドウを搾る機械や、地下室の温度を一定にする保温器もある。

　「俺はイタリアの田舎で育った移民だからね。俺が子供のころは、足でブドウを踏んで家族でワインを造ったんだよ。今は機械だけど。でも、イタリア人なんだから、自分で飲むワインを自分で造るのは当たり前だ」

　自家製ワインのボトルが並ぶ棚の脇には、野菜のピクルスの大きな瓶がある。別の場所には、オリーブを漬け込んだたるもあるし、裏の畑で採れたトマトをびっしりと入れた箱も。庭で飼っている鶏の卵も、かごの中に山積みになっている。

　自分で作れるものは作る。彼にとっては当たり前のことなのだろう。秘密の地下室のみならず、ピザ専用の窯も備えた自宅だって、息子たちと一緒に自力で建てた。

　ニューヨークは、工場で作られた魅力的な食品や飲み物であふれている。使い捨ての食器で食べ、余れば残し、食器と一緒に平気で捨てる。アントニオ家の食事は、その対極にあった。彼は知っている。本当においしいものは、お金では買えない。　（吉枝道生）