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ニューヨーク 商売より大事なもの

2014年08月01日

 ニューヨークの携帯電話専門店で、ジョギング中にスマートフォンを腕に着けておく付属品がないかと尋ねたら、店員から逆に質問された。「本当にそんなものが必要なんですか? 何のために?」

 買い物に行って、こんな質問を受けたのは初めてだ。しかも、その商品は多くの人が使っている一般的なもの。だが、売り場の中年男性の言葉に嫌みや冷たさは交じっていない。本心から「必要ない」と信じているかのような口ぶりだった。

 走っているときも電話を持っていたい理由は「仕事柄、電話がかかってくるかもしれないから」。そう説明しても、彼は納得しない。「走っているときまで、電話を受けなきゃいけないんですか」と追及する。「別にそんなもの、なくても生きていけるでしょ。集中して走った方がいいですよ」

 商売よりも自分の人生観の方が大事なようだ。危うく説得されそうになったが、そうはいかない。「とにかく、それをください」。そう言うと彼はしぶしぶ商品を探しに行ったが、うれしそうにほほ笑みながら戻ってきた。「残念ながら、売り切れです」 (吉枝道生)