2015年11月16日
「私にとって、これが最後の巡礼です」。英南東部ミルトンキーンズのホテルの朝食会場で出会った七十代の小柄な日本人男性はとつとつと語った。
英国で開かれているラグビー・ワールドカップ(W杯)の観戦に一人で訪れた。
男性の息子さんは高校時代、ラグビー選手として全国大会に出場した。「最高の思い出をくれました」という孝行者は、大学進学後に病気で亡くなった。大切な愛息との時間は「何十年も止まったまま」という。
以来、ラグビーの観戦を趣味にしてきた。男性がずっと背中を押してきた日本代表は長年、W杯で苦戦続きだったが、最後の観戦と決めていた今回、素晴らしいもう一つの思い出をプレゼントしてくれた。
十月三日、二万九千人が詰め掛けたスタジアムの青く茂ったグラウンドで、小さな日本代表は、屈強なサモア代表を打ち倒した。男性にとっては、これが生で見るW杯初勝利。「強くなりましたね」とうれしそう。
何千万の人々が、それぞれの思いを込め、楕円(だえん)球を追う男たちの姿を見詰めている。ラグビーの神様は、粋な計らいをしたものだ。 (垣見洋樹)