ピラミッド状の「段畑」が、鏡のように静かな多島海に面して広がっていた。愛媛県の西南部、リアス式海岸が広がる宇和島市遊子水荷浦(ゆすみずがうら)。
傾斜40度近い急斜面を耕して天に至る。段々の畑は狭い。高さ1メートルの石積みに対して、幅わずか30センチの耕地も珍しくない。一歩踏み外せば転がり落ちる。江戸時代からの半農半漁の厳しい営みの刻印。国選定の「重要文化的景観」である。
たった20センチの覆土を耕してジャガ芋を育てる。訪れた時は、早掘りの収穫期だったが、集落は静まり返って、段畑に人影はなかった。時折、養殖いかだに向かう漁船が湾内を行き交い、段畑の中腹にある薬師堂の上空をトンビがゆっくり飛ぶ。
ふもとの集落に人影が見えた。「松田さーん、松田さんですか」。声に反応して、コクリとうなずくのが見えた。地元の「段畑を守ろう会」理事長の松田鎮昭さん(64)に会った。「段畑の苦労は身に染みている。嫌で嫌でたまらなかった段畑が、文化的景観になるなんて。まさに隔世の感」という。
昭和40年前後まで、宇和島一帯の宇和海沿岸の傾斜地は開墾し尽くされ、段畑が緑の等高線を描いていた。ルーツは宇和島藩の「山勝手次第に開くべし」の開拓奨励。戦後まで、漁村の食糧自給のため段畑の造成が進んだ。イワシ漁から真珠母貝、ハマチの養殖へ。浦々が豊かになって“ハマチ御殿”が立つころ、段畑は見捨てられ、雑木や竹が茂った。現在は遊子水荷浦の4ヘクタールだけが、かつての面影を伝える。




















