NHK大河ドラマ「龍馬伝」放映で盛り上がる高知へと向かった。全国で唯一、人名を冠した「高知竜馬空港」から高知駅へ。駅前で開かれている「土佐・竜馬であい博」会場で、坂本竜馬や三菱財閥創設者の岩崎弥太郎らの観光情報を仕入れた。
幕末の動乱期に、なぜ土佐藩は竜馬や中岡慎太郎らの変革の志士を輩出したのか。
その温暖な気候とは裏腹に、藩内で厳格な階級制度が、260年間も続けられた。関ケ原の戦いの後、掛川(静岡県)から来た山内一豊の引き連れた武士は「上士」として優遇された。その一方で、旧領主の長宗我部家の武士たちは「郷士」として、農作業をしながら戦時に備える下級武士の地位におとしめられ、差別を受けた。
そうした「怨念(おんねん)」が蓄積し、幕末のころには沸点に達していたのだ。
まずは一豊が築城した高知城へ。追手門と天守閣を同時に写真に収められるのは、全国的にも珍しい。天守閣から、市内を一望すると、周りを山が取り囲んでいた。土佐は、黒潮のイメージが強いが、林野率8割を超える山岳県でもある。
山内家入国後、「一領具足(いちりょうぐそく)」と呼ばれた長宗我部の軍勢は反乱を起こしたが、やがて山内の軍勢に制圧された。今でも長宗我部に愛着を持つ住民は多いという。
「竜馬の生まれた坂本家は裕福な商家で、中心街に広大な敷地を持っていました」。「全国竜馬社中」の橋本邦健会長が説明してくれた。その屋敷の跡地には現在、「ホテル南水」が立ち、竜馬ファンの人気を集める。




















