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日向市

日向市 宮崎県 牧水の生命力の原点

生家近くの牧水公園に立つ「旅ゆく牧水」の像

生家近くの牧水公園に立つ「旅ゆく牧水」の像

 昨年、映画「武士の家計簿」に主演した堺雅人さんを取材した時、本の話になった。堺さんが高校時代の恩師で歌人の伊藤一彦さんと、郷里宮崎県生まれの歌人若山牧水(1885~1928年)について語り合った「ぼく、牧水!」(角川書店)。「本の中で『(演技が)うまいと言われることがあまりうれしくなくなってきた』と書かれていますが、この役もそうですか」という問いに、堺さんは「(『武士-』で演じた)猪山直之と牧水は不器用だけれど、線の太い生命力という点で似ていると思います」と答えた。どうにもちくはぐなやりとりだったが、牧水に対する興味が膨らみだした。

 日向市に牧水の生家が残されているという。JR日向市駅から路線バスで50分。集落を幾つも越えた山里に、冬の日差しを浴びた2階建ての屋敷があった。建物の東端に「牧水が生まれた縁側」(掃除のため部屋の外に出ていた母が縁側で産気づいたという)との案内板があり、西側の小部屋には、牧水の歌碑の分布図が掲げられている。

 全国を旅した歌人らしく、碑は九州から北海道まで280基もある。生涯につくった8800の短歌のうち、最も多く碑に刻まれたのは「幾山河こえさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく」で13基。酒好きにはたまらない「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」は3位で8基あるという。

 4位(7基)の「白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」も加えてできあがるのが、汽笛を友とし、酒に沈潜する“孤愁の人”のイメージ。しかし、生家の近くにある牧水公園に立つ「旅ゆく牧水」の像を眺めると「どうも違う」と思わされる。着物の裾をからげ、足元は脚半に草鞋(わらじ)。これで頭に帽子じゃなくて手ぬぐいだったら、江戸時代の弥次さん喜多さんじゃないか。

 
多くの旅人が訪れる日向岬。この日はスイス人のカップルが海を眺めていた

多くの旅人が訪れる日向岬。この日はスイス人のカップルが海を眺めていた

 公園内にある若山牧水記念文学館で、このいでたちの意味が分かった。「私は草鞋を愛する」で始まる随筆があり、「身体の重みをしっかりと地の上に感じ、其処(そこ)から発した筋肉の動きがまた実に快く四肢五体に伝わってゆく」と、この昔ながらの履物を絶賛している。室生犀星は「朗読をするにふさわしい」と牧水の声を絶賛し、高村光太郎は「彫刻のモデルになってほしかった」と顔かたちを褒めている。随分たくましい人だったらしい。

 臨終の枕元にあった短歌雑誌が展示されている。裏表紙に赤いペンで書かれた「酒ほしさまぎらはすとて庭に出でつ庭草をぬくこの庭草を」の絶筆があわれを誘う。やはり酒が命を縮めたのか-。

 牧水が眺めた海をたまらなく見たくなった。観光名所になっている日向岬を目指す。「樹は妙に草うるはしき青の国日向は夏の香にかをるかな」。案の定、牧水の歌碑に出迎えられた。まるで濁流のように海水が絶壁と絶壁の間に流れ込む馬ケ背の景色に圧倒され、たどり着いた突端は、地球の丸みを感じさせる大パノラマ。はるか向こうで空と海の青がまじりあっていた。

高さ70メートルの柱状岩の絶壁がそそり立つ馬ケ背=いずれも宮崎県日向市で

高さ70メートルの柱状岩の絶壁がそそり立つ馬ケ背=いずれも宮崎県日向市で

 周辺で100を超える歌を詠んだ権現崎へも足を延ばしてみた。遊歩道を進むにつれ、波の音はどんどん高まっていくが照葉樹が茂り海が見えない。葉がいっせいにきらきら輝きだしたと思ったら森が尽き、日向灘と美々津(みみつ)の港が現れた。そしてまたしても歌碑。「海よかげれ…」文字をたどるうち、堺さんの言った「生命力」という言葉が頭をよぎった。

 文・写真 中山敬三

 (2011年1月14日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
宮崎空港へは、中部国際空港から1日3便(所要時間80分)、
羽田空港から同16便(同1時間半)就航。
JR宮崎空港駅から日向市駅は特急で60分。

◆問い合わせ
日向市観光協会=電0982(55)0235

おすすめ

牧水生家

牧水生家

★若山牧水記念文学館
牧水生誕120年の2005年、坪谷川沿いにある牧水生家の対岸に開館。
県立宮崎南高校で堺雅人さんに現代社会を教えた、
「迢空(ちょうくう)賞」受賞者の歌人伊藤一彦さんが館長を務め、
牧水の原稿、愛用品を常設展示。郷土の詩人高森文夫(1910~98年)のコーナーも。
高校生以上300円。電0982(68)9511

★日向岬
日豊海岸国定公園のリアス式海岸。
日向灘の波に洗われてできた柱状節理の岩肌が観光客を魅了する。
圧巻は幅10メートル、長さ200メートルの海水路の両岸に高さ70メートルの絶壁がそそり立つ「馬ケ背」。

★美々津の町並み
神武天皇が大和へ向かって舟を出したという伝説を持つ美々津港。
江戸時代から明治、大正にかけて回船業が栄え「美々津千軒」と呼ばれた。
町家づくりの白壁が残る町並みは、国指定の重要伝統的建造物群保存地区。

★チキン南蛮
揚げた鶏肉を甘酢に漬け込み、タルタルソースで食べる宮崎の郷土料理。
日向市内のレストランや居酒屋、スーパーでもそれぞれに工夫を凝らした味が楽しめる。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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