【本文】

  1. トップ
  2. 旅だより
  3. 薩摩半島
薩摩半島

薩摩半島 鹿児島県 海商の歴史ロマン探し

入り組んだリアス式海岸の景勝地で、穏やかに広がる歴史的港町・坊津

入り組んだリアス式海岸の景勝地で、穏やかに広がる歴史的港町・坊津

 生い茂るヤシの並木越しに、海中からそそりたつ巨岩が遠くに見えた。南洋に浮かぶ島のような景観が広がる、東シナ海に突き出た鹿児島県薩摩半島の坊津(ぼうのつ)(南さつま市坊津町)。戦国時代、中国、琉球との交易で栄えた「日本の三津(さんしん)(三大港)」と呼ばれる国際港だった。

 「坊津って、昔、子どもたちとよく海遊びにいったところ。真っ青な海に素潜りすると、亜熱帯の色とりどりの魚がうようよ。目の前をアオリイカがひらひら泳いでいったわ」。鹿児島市で会った舞踊家前田久美子さんに、歴史探訪が目的だと告げると「あら、そんな歴史があるなんて。全然知らなかった」と、意外そうな表情をした。

 そう、坊津は知る人ぞ知る歴史的な港なのである。古くは、唐の高僧鑑真を乗せて帰国した遣唐使船がたどり着いた。中世から桃山時代、野心に富んだ海商たちが東アジアを舞台に、縦横無尽の活躍をした。

 
廃寺になった一乗院跡で雨ざらしになっている石造仁王像。廃仏毀釈の爪痕が残る=いずれも鹿児島県南さつま市坊津町で

廃寺になった一乗院跡で雨ざらしになっている石造仁王像。廃仏毀釈の爪痕が残る=いずれも鹿児島県南さつま市坊津町で

 坊津歴史資料センター輝津(きしん)館の学芸員橋口亘さん(34)は「坊津が最も光り輝いた時代は16世紀でした。領主の島津義久が豊臣秀吉に降伏した際、献上品を用立てる実力を持つ海商がいたほど。中国、琉球はもちろんベトナムまで交易範囲でした」と話す。

 江戸時代になると、薩摩藩は密貿易を一手に掌握しようと、同県指宿市の山川港に集約。抜け荷摘発を受け、坊津はたんなる漁村に成り下がったという。

 坊津が斜陽に向かう16世紀末、当時第一級の文化人だった公家の近衛信輔(信尹(のぶただ))が秀吉の怒りに触れ、流された。京より45人の供がいた。屋敷跡には手植えのフジが生い茂り、往時をしのばせる。近衛屋敷には坊津在住の唐人が訪れ漢詩を披露したり、氷砂糖を献上したり。茶の湯も盛んに行われた。薩摩屈指の有力寺院だった当地の一乗院の住職らが相手だった。

 明治初め、廃仏毀釈(きしゃく)によって鹿児島県内の仏教寺院は全廃された。港を望む斜面に仏閣を構えていた一乗院も例外ではなかった。山門の石造仁王像は引き倒され捨てられたが、門前下を流れる川から引き揚げられたという。顔を削られ手を失った仁王像が、寺の悲運の歴史を物語る。

 郷土史に詳しい佐藤順二さん(89)は、消えた寺宝の行方を長年追ってきた。鎌倉時代に描かれた国重要文化財「八相涅槃(ねはん)図」(輝津館収蔵)の発見者だ。「坊津が昔の面影をよく残していた昭和30年代のままだったらと思うが…」ととつとつと語る。佐藤さんがつえをつき、古い石垣、石段、石組みした井戸が今も残る港町を案内してくれた。かつお節業に転じた元海商の屋敷もある。最近は町歩きする観光客も多いという。

開聞岳(左上)を望む海岸の砂蒸しで、心身を癒やす温泉客=鹿児島県指宿市で

開聞岳(左上)を望む海岸の砂蒸しで、心身を癒やす温泉客=鹿児島県指宿市で

 江戸時代、交易港の地位を坊津から奪った山川港に向かった。いまは、かつお節の最高級品「本枯(ほんかれ)節」の特産地である。地元加工組合の野村重明さん(50)は「原料のカツオが急騰し、日本のかつお節加工業者はピンチ。世界相場を左右するのは、缶詰工場が集中するタイのバンコク」と嘆く。

 指宿市内には泉源が1000カ所以上あり、1日14万トンもの湯がわき出る。山川の砂蒸し温泉は「薩摩富士」開聞岳を望む絶好のロケーションを誇る。打ち寄せては引く波音。海とともに生きる港の栄枯盛衰を思いつつ、まどろんでいた。

文・写真 長谷義隆

 (2011年6月17日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
現地ではレンタカーが便利だが、公共交通だと坊津へは鹿児島空港から
空港連絡バスで枕崎へ、そこでバスに乗り継ぐ。約2時間半。
鉄道はJR鹿児島中央駅から枕崎まで行き、バスに乗り継ぐ。
指宿へは、鹿児島空港から空港連絡バスで1時間35分、
JR鹿児島中央駅からは観光特急で55分。

◆問い合わせ
南さつま市坊津支所産業建設課=電0993(67)1441、
指宿市観光課=電0993(22)2111

おすすめ

かつお本枯節

かつお本枯節

★かつお本枯節
和食のだし取りの最高峰。指宿市山川港特産の本枯節は半年間じっくり発酵と乾燥を繰り返す。
独特のカビ付けで風味が高い。
山川水産加工業協同組合=電0993(34)0155=で卸値(大サイズ1500円)で販売。

★砂蒸し温泉
砂浜の中に体を埋め、砂の重さと温泉熱で体中の老廃物が大量の汗とともに流れ出る。
日本では指宿にしかない。
入浴料は800~1000円。

★坊津歴史資料センター輝津館
中国、琉球との交易を伝える当時の貿易品や朱印状、
一乗院を中心とした仏教文化資料などを展示=電0993(67)0171。
有料。展望テラスからは、海に突き出た巨岩「双剣石」などの名勝を一望に。
ここを起点にした岬の景勝地巡りや、坊津まち歩き巡りも楽しい。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

旅コラム
国内
海外