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津和野町

津和野町 島根県 秋を待つ文豪の古里

「養老館」門前の掘割を優雅に泳ぐニシキゴイ。町並みには、落ち着きと粋が同居する

「養老館」門前の掘割を優雅に泳ぐニシキゴイ。町並みには、落ち着きと粋が同居する

 山陰地方の小京都と呼ばれる島根県津和野町。白壁や掘割が残る城下町は、文豪森鴎外(1862~1922年)の古里でもある。来年は鴎外の生誕150年。往事の姿を残す町並みを、文豪の足跡や町の歴史をたどりながら歩いてみた。

 JR津和野駅の改札を抜けると、赤い石州瓦に白壁の映える町並みが見えてきた。古い酒蔵や商店が並ぶにぎやかな本町通りを横目に、武家屋敷が立ち並ぶ殿町通りへと進んだ。

 趣ある屋敷の中で、ひときわ目を引くのが、鴎外や同じ明治の思想家西周(あまね)らを輩出した藩校「養老館」だ。彼らが通った当時の姿を残しながら、今は民具や武具を展示する民俗資料館として過去と現代をつないでいる。

 敷地内で鴎外の遺言碑を見つけた。「石見人(いわみびと) 森 林太郎トシテ死セント欲ス」(原文のまま一部抜粋)と記された石碑から、古里を思う鴎外の心が伝わってきた。

 そんな鴎外の愛した津和野の町を彩るのは、掘割を優雅に泳ぐ約300匹のニシキゴイ。津和野では鎌倉時代、蒙古襲来に備えて吉見氏が城を構えたのを皮切りに坂崎氏、亀井氏の3藩主が続けざまに治めた。当時、建物を火災から守るため掘割を巡らし、コイを放った。それが町づくりの基礎として今も息づく。粋なたたずまいだ。

 
殉教した隠れキリシタンの苦難を伝える乙女峠マリア聖堂

殉教した隠れキリシタンの苦難を伝える乙女峠マリア聖堂

 「ようきんさったね。津和野はぶち(とても)ええとこね」。地元ボランティアガイドの会事務局長の藤原喜武さん(71)が、津和野弁で出迎えてくれた。来年1月の「150年」に合わせ、町では記念イベントがめじろ押し。11月には鴎外ゆかりの地をテーマにした写真コンテストや名所をめぐるウオーキング大会が開かれる。藤原さんは「これからの季節は紅葉が見もの。四季を感じられる津和野は心安らぐ場所」と、町の魅力を紹介してくれた。

 イチョウ並木が涼しげな殿町通りを歩いていると、ゴシック様式の津和野カトリック教会を見つけた。津和野はキリスト教が厳禁だった明治元年、長崎県の浦上天主堂から隠れキリシタン153人が流罪の刑を受けて送られた場所でもある。

 教会の横には、当時の津和野藩が信徒たちに科した弾圧の歴史を伝える資料館。次いで津和野駅の裏手に回り、殉教した信徒36人の鎮魂を願って建てられた乙女峠マリア聖堂へと足を運んだ。

 聖堂へ続く道は、日中でも薄暗い。急な上り坂を歩きながら顔を上げると、木々が空を覆うように厚く重なっていた。里の暮らしと隔離されたキリスト教弾圧の歴史が、その重々しい道のりから感じられた。坂道の先に立つ小さな聖堂の窓には、8枚の鮮やかなステンドグラスが配され、苦難に耐える信徒の姿が描かれていた。美しい城下町だけではない津和野の歴史の横顔が見えた。

アユ釣りの名所として知られる清流高津川=いずれも島根県津和野町で

アユ釣りの名所として知られる清流高津川=いずれも島根県津和野町で

 夕暮れ時、雲の合間から星が顔をのぞかせた。津和野は環境省による星空観察で「本州で最も美しい星空が見られる場所」のお墨付きを得た。津和野駅から町の中心を流れる津和野川沿いに車で40分。日本一の水質を誇る清流高津川を横に見ながら、高台に立つ日原天文台を目指した。到着したころには厚い雲に覆われ、満天の星を拝むことはできなかったが、ドーム形の巨大な天文台を眺めているだけで宇宙への夢がふくらんだ。

 帰路、新山口駅行きの列車が、津和野駅へ向かう蒸気機関車(SL)「やまぐち号」と途中の駅ですれ違った。出発を告げる笛が鳴ると、SLが「ボーッ」と地響きのような汽笛を返した。「またこいよ~」と言っているように聞こえた。

  写真・文 岩本旭人

 (2011年9月9日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
JR津和野駅へは、新山口駅から特急「スーパーおき号」で約1時間。
土日祝日を中心にSL「やまぐち号」も運行する。
車は中国自動車道・六日市ICから国道187号、同9号で1時間ほど。

◆問い合わせ
津和野町観光協会=電0856(72)1771、
津和野町商工観光課=電0856(72)0652、
日原天文台=電0856(74)1646

おすすめ

人力車

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★森鴎外旧宅・記念館
津和野駅から徒歩25分。鴎外が幼少期を過ごした木造平屋建ての旧邸は国指定史跡。隣接の記念館には、鴎外直筆の手紙や遺品などが展示されている。

★人力車
初めての津和野観光で行き先に迷うという人にぴったり。この道8年の桑原史行さんが、観光のテーマや時間に合わせ、津和野のおすすめコースを案内してくれる。

★アユ料理・地酒
高津川は、国土交通省が7月に発表した2010年全国1級河川の水質ランキングで、1位に選ばれた13河川の1つ。良質の藻をえさに育った天然アユは味、色、香りともに一級品。町内に残る老舗の酒蔵「古橋酒造」「橋本本店」「華泉酒造」は個性あふれる地酒が自慢。

★太鼓谷稲成神社
日本5大稲荷の1つ。「稲荷」でなく「稲成」とされるのは、大願成就の祈りが込められているため。約1000本の鳥居が連なる表参道は圧巻。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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