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下関市

下関市 山口県 ロンドンバスに夢心地

関門橋をくぐって進む、ロンドンから来た2階建てバス

関門橋をくぐって進む、ロンドンから来た2階建てバス

 ロンドンの2階建てバスが日本で唯一、路線バスとして走っている街がある。子どものころ、記者の夢はバスの運転手だった。これは乗らねばならぬ。山口県下関市へすっ飛んでいった。

 興奮を隠してJR下関駅のロータリーで待っていると、のっぽのバスが悠然と現れた。ロンドンの名物バス「ルートマスター」だ。車体の赤が目に染みる。1968(昭和43)年までに約2800台が造られ、ロンドン交通局がその雄姿を伝えようと、パリ、モスクワなど海外6都市に無償貸与した。そのうちの1台が、かつて英国領事館があった縁で下関に。4年前から土日曜と祝日のみ下関駅と城下町長府を1日4往復、片道25分で結んでいる。

 「それではいいですか。出発しまーす」。乗降口に扉がない構造なので、車掌さんが乗客の安全を見守る。64年製のバスは、4速セミオートマチックのエンジン音を「アー、オー、ンー」とゆっくり変化させながら走りだした。「何しろ古いので今のバスに比べてハンドルもアクセルもブレーキも重いんです」と運転手さん。運転は相当くたびれるらしいが、乗り心地は悪くない。

2階建てバスの乗り心地を楽しむ観光客ら。天井の扇風機がレトロな雰囲気を漂わせる

2階建てバスの乗り心地を楽しむ観光客ら。天井の扇風機がレトロな雰囲気を漂わせる

 8段のステップを上った2階に腰掛け、思い出すのはビートルズの名曲だった。「♪バスに飛び乗り/2階席でたばこを一服/誰かの話し声がし、僕は夢の中へ」(『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』)。むろん今は禁煙だけれど、バスの揺れが僕を夢に誘い出す。他のバスの天井が見下ろせる。

 9000キロかなたのバスの故郷ロンドンでは7年前、観光用を除いて2階建てバスは廃止になった。だが五輪の今年、電気モーターとディーゼルのハイブリッド型が新たに走りだした。やはりこの赤い2階建てスタイルは、忘れがたいのだ。

 
ゆかりの地を結ぶ「金子みすゞ詩の小径」の説明板=いずれも山口県下関市で

ゆかりの地を結ぶ「金子みすゞ詩の小径」の説明板=いずれも山口県下関市で

 下関は、詩人金子みすゞ(1903~30年)のゆかりの地でもある。みすゞは母の再婚先である下関に20歳で越してきて、26歳で亡くなるまで、詩の多くをこの街で書いた。

 バスを唐戸(からと)停留所で降りると、そばの下関観光情報センターに小さいながらもみすゞの資料室がある。観光ガイドの山縣喜一さん(72)が「みすゞさんはご生存の時、この辺りを歩きよったでしょう」と、窓の外の南部町郵便局(1900年建築)を見やる。童謡詩を雑誌に投稿するため、希望を胸にこの郵便局に通っただろう。

 「金子みすゞ詩(うた)の小径(こみち)」のリーフレットをもらい、案内に従って10カ所の詩碑を巡る。距離にして1.6キロ。「行っても、ただ石碑があるだけですよ」と、過度の期待はせぬように親切心で街の人が言う。確かに、みすゞが勤めていた書店も何もない。だが半面、手取り足取りの案内がない分、同じ場所を歩いたかもしれないみすゞの面影が膨らんだ。

 詩の高い評価、結婚、長女の誕生、すさんでいく夫、離婚、そして自死。コース終盤に写真館跡がある。26歳のみすゞはここを訪ねて、1枚の写真をおそらくは娘のために残した。死の前日のことだ。「そのときの心情は、想像に余りあります」と説明文はいう。コース終点の詩は「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。」とうたっていた。生を肯定し朗らかだが、なぜ切ないのだろう。みすゞは人が顧みないものを見てしまうのだ。詩碑「日の光」に、その心性が端的に表れていた。

 再びバスで東へ。見晴らしのいい2階の最前列には子どもが似合う。「海が見えてきたー」。小さな女の子が父親の膝ではしゃいでいる。関門海峡はもうすぐだ。

 文・写真 三田村泰和

(2012年6月15日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
下関へは新幹線を使って小倉駅経由で名古屋から約3時間半、東京から約5時間。
2階建てバスは土日曜と祝日の限定運行。
横風に弱く、強風など悪天候時は運休することがある。
運賃は他の路線バスと同額で、乗り降り自由の「しものせき観光1日フリー乗車券」(700円)もある。

◆問い合わせ
下関市観光政策課=電083(231)1350

おすすめ

唐戸市場

唐戸市場

★みもすそ川公園
関門橋の真下にあり、源平の戦いの壇ノ浦古戦場を一望できる。
「歴史体感紙芝居」をボランティアが年末年始を除く毎日上演、風景を取り込んだ語りで楽しませる。
尊王攘夷(じょうい)を掲げ幕末に外国船を撃った長州砲の原寸大模型もあり、硬貨を入れると音と煙が出る。

★唐戸市場
海産物を扱う巨大卸売市場。
名物フグをはじめ、生きのいい魚などの小売りもする。
その場で食べられるすしや揚げ物も豊富。
土産品が並ぶショッピングモール「カモンワーフ」も近く、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘400周年の巌流島やレトロな町並みが残る門司港(北九州市)への連絡船が出ている。

★関門トンネル人道
自動車用トンネルとは別に、みもすそ川公園の真下から海の下を歩いて門司まで行けるトンネル。
長さ780メートル。歩行者は無料だが、自転車やモーターバイクは20円。

★城下町長府
城下町の風情をたたえる古江小路(ふるえしょうじ)の練り塀などが散策に適する。
「維新発祥の地記念碑」がある。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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