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北九州市若松区

北九州市若松区 福岡県 渡船で「花と龍」の港へ

若松と戸畑を結ぶ若戸大橋を渡船から見上げる。河童が封じ込められた空には、秋めいた雲だけが浮かんでいた=いずれも北九州市内で

若松と戸畑を結ぶ若戸大橋を渡船から見上げる。河童が封じ込められた空には、秋めいた雲だけが浮かんでいた=いずれも北九州市内で

 北九州市の戸畑港から目の前の若松港まで、洞海湾を真っすぐ横切るとその距離約400メートル。映画「日本侠客(きょうかく)伝 花と龍」では、高倉健さん演じる玉井金五郎が、妻マンの兄の仇(かたき)を討つため手こぎ舟で渡っていった。渡船だとわずか3分。「遠賀川(おんが)土手行きゃ雁(かり)が鳴く・・・」。健さんが歌った「花と龍」をたっぷり口ずさむ間もなく若松港に着いた。

 海岸通りには、映画から抜け出たかのような古風な街灯が立ち並んでいた。明治から大正にかけて、日本一の石炭積み出し港として栄えた面影を残すれんが造りのビル。その繁栄を支えた「ごんぞ(う)」たちを記念する「旧ごんぞう小屋」が通り沿いに復元されている。健さんや津川雅彦さんが演じた「ごんぞう」は、沖に停泊する大型船に石炭を運び込んだ力自慢たち。小屋にある説明には、布で編んだわらじ「ごんず」やだれよりも体格が良く人気者だった「ごんぞうさん」が、その名の由来として挙げられている。

 「1つの荷役をきれいにしてのけるということが唯一の名誉であり、誇りである。・・・自分は損をしても・・・お得意に迷惑をかけないことを自慢にする」。郷土の小説家火野葦平(1907~60年)が、ごんぞう気質について書いた一文も紹介されている。火野の本名は玉井勝則。父は金五郎。父の本名をそのまま小説に使っているから、現実と虚構の境界がどんどんあいまいになっていく。

背中に釘を打たれた河童封じ地蔵尊

背中に釘を打たれた河童封じ地蔵尊

 小屋からそう遠くないところで一般公開されている「河伯洞(かはくどう)」は、金五郎が兵役で郷里を離れている息子葦平のために建てた屋敷。費用はベストセラーになった「麦と兵隊」「土と兵隊」など、葦平の小説の印税が充てられたのだという。

 料亭のような立派な庭と室内を見学させてもらった。二階の書斎に入ると案内の女性が「葦平さんはここで自殺されました」といきなり言うので驚いた。「戦争作家というレッテルを貼られていました。高塔山(たかとうやま)の文学碑には『泥によごれし背嚢(はいのう)に さす一輪の菊の香や』と刻まれていますが、葦平さんはその後の二行を刻んでほしかったはずです。そっちの方が詩情に富んでいて葦平さんらしい」

 「異国の道をゆく兵の 眼(め)にしむ空の青の色」。女性にそらんじてもらった後の2行をメモし、その高塔山を目指すことにした。山頂付近の公園には、葦平が小説のモデルにした「河童(かっぱ)封じ地蔵尊」もあるという。

 地蔵が安置されたお堂の横の案内板には、河童に「もういたずらはしません」と誓わせるために、地蔵の背中に舟釘(ふなくぎ)を打ち込んだとある。確かにお地蔵さんの背中に釘の頭が見えるが、なぜ河童でなくて地蔵の背中なのだろう。

 
高塔山山頂の展望台からは北九州市内ほぼ全域の夜景が楽しめる

高塔山山頂の展望台からは北九州市内ほぼ全域の夜景が楽しめる

 旅の帰途、河童の話ばかりが入った葦平の本を読んでみた。「ぱね、おぷ、うん、ぐる、さん、みとぼ、えしてぷ、くねる、あんね」。葦平の描く河童は「昇天の呪文」を心得ていて、自在に空を飛び回って縄張り争いをする。そのはた迷惑な合戦をやめさせるため、山伏が地蔵に釘を打ち込み、河童たちを封じ込めたのだという。

 「無数の河童が永遠に封じこめられているという土の上に、ようやく萌(も)えはじめた美しい青草をつくづくながめるのである」(「石と釘」)。この次はきっと、そうしてみよう。

  文・写真 中山敬三

(2012年11月2日 夕刊)

メモ

地図

◆交通 
名古屋から小倉は新幹線で3時間余、羽田空港から北九州空港は約1時間50分。
小倉から戸畑はJR鹿児島線で約8分。
戸畑港から若松港は若戸渡船で約3分。

◆問い合わせ 
北九州市観光情報コーナー=電093(541)4189、
北九州市観光・コンベンション課=電093(582)2054

おすすめ

河伯洞

河伯洞

★若戸大橋
若松区と戸畑区を結ぶつり橋で、1962年の完成当初は東洋一の長さを誇った。
吉永小百合さん主演「玄海つれづれ節」や北村想さん原作の「K-20 怪人二十面相・伝」など数多くの映画に登場する。

★河伯洞 
火野葦平の旧居。旧日本陸軍報道部時代に書いた兵隊三部作で脚光を浴びた後、1948~50年に公職追放となった火野は、その後河伯洞と東京の住居「鈍魚庵」を行き来しながら「花と龍」「河童ものがたり」「革命前後」など精力的に作品を発表。
当時の執筆の様子をほうふつさせる書斎が再現されているほか、葦平の手になる書画などを見ることができる。
月曜休館。入場無料。

★若戸渡船
古くは「大渡川(おおわたりがわ)渡船」と呼ばれる小さな伝馬船だった。
1919年から若松市と戸畑町の共同経営となる。
若戸大橋が開通する前の最盛期には年間1000万人を超える利用者があった。
現在は昼間が1時間に4~5往復、100円。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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