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鮭の古里

鮭の古里 新潟県村上市 あめ色の珍味「酒びたし」

発酵してあめ色を帯びた塩引き鮭の仕上がり具合を確認する吉川哲●さん(●は魚ヘンに生)

発酵してあめ色を帯びた塩引き鮭の仕上がり具合を確認する吉川哲●さん(●は魚ヘンに生)

 日本海から北西の冷たい風が吹き始めると、鮭(さけ)漁で活気づく町がある。山形県と接した新潟県最北の村上市。平安時代から朝廷に鮭を献上し、100種類を超える鮭料理が独自の食文化をはぐくんできた。

 沿岸から内陸に3キロほど入ったJR村上駅前から、村上藩だった城下町のたたずまいを感じながら歩く。狭い間口でウナギの寝床のように細長く、典型的な町屋造りの店が軒を連ねる。鮭料理を加工販売する「★(き)っ川(かわ)」の店舗は明治時代の建物。「鮭」と染め抜かれたのれんをくぐると、130年前の空間が現れた。(注)★は品の口がそれぞれ七

 裏口まで続く通り土間の天井の梁(はり)から、黄金色の鮭がつるされていた。村上特産「塩引き鮭」。その数、1000匹前後。頭を下に鋭い歯をみせながらにらみつけるような形相に圧倒される。雄鮭に塩をすり込んで1週間ほど寝かせた後、1年がかりで風干ししながら発酵させ、全体があめ色を帯びた塩引き鮭の中でも「酒(さか)びたし」と呼ばれる珍味だ。

 四季の中でじっくりと熟成した後、薄くスライスした深紅の身を酒に浸し、凝縮されたうま味をかみしめる至福。「村上の気候風土が造り上げる味の芸術品」と店主の吉川哲●(てっしょう)さん(77)=本名・寛治=は自信をみせる。つるされた鮭に目を凝らすと、腹は一文字に切り開かず腹びれあたりで止め、背広のボタンをかけたように2段に開かれている。「止め腹」や「つなぎ腹」といわれ、武士の切腹を嫌った村上ならではの加工法。例年、11月初め薄ブナ色の秋鮭が捕れだすと、塩引きの仕込みが本格化する。(注)●は魚ヘンに生

3隻の川舟で三面川にこぎ出し、伝統の「居繰網漁」をする漁師たち

3隻の川舟で三面川にこぎ出し、伝統の「居繰網漁」をする漁師たち

 村上で鮭は「イヨボヤ」と呼ばれる。方言で「魚の中の魚」の意味。かつて冷夏の年、米の不作を補うほどに帰ってきた鮭で命をつないだことに感謝する特別な思いが込められている。市内で捕れる鮭は川と海で年間14万匹余り。このうち町の北はずれを流れる三面(みおもて)川では同3万~4万匹。河口から2キロほど上った鮭ふ化場を訪ねると、引き網漁などいくつかある漁のうち、江戸時代から続く「居繰網(いぐりあみ)漁」(漁期は10月21日~12月10日ごろ)の川舟3隻がこぎ出すところだった。たおやかな流れに乗り、1隻が下流から鮭を追い、2隻で網を張る上流に追い込む伝統漁だ。

 江戸時代の中ごろ、米の不作や鮭漁の不漁が続き、財政難に見舞われた村上藩を1人の男が救った。藩士の青砥武平治(あおとぶへいじ)は、それまでだれも思い付かなかった鮭の母川回帰に着目。三面川に造った2本の分流(種川)を一時禁漁にし、産卵とふ化をしやすい環境にする自然保護増殖法「種川の制」を世界で初めて試みた。

 30年以上に及ぶ造成工事で種川が完成した後、鮭の漁獲量は以前の5~6倍にもなったという。ふ化場対岸の河川敷には今も1本の種川が残っており、鮭の資料館「イヨボヤ会館」の奥村芳人館長は「カナダで自然保護増殖を始める140年も前、村上には画期的な自然増殖技術があった」と誇らしげだ。

 
芭蕉ゆかりの宿として人気のある「井筒屋」=いずれも新潟県村上市で

芭蕉ゆかりの宿として人気のある「井筒屋」=いずれも新潟県村上市で

 商店街に戻ると夕暮れ時。旧出羽街道に面した町屋の宿「井筒屋」に、ちょうどオレンジ色の灯がともった。この場所にはもともと、1689(元禄2)年に芭蕉と曽良が奥の細道の旅の途中、2泊した大和屋久左衛門宅があった。が、幕末か明治初めごろ井筒屋が移ったらしい。9代目おかみの鳥山潤子さん(47)に「芭蕉さんの見た夢の続きを」と言われ布団に入ったが、夢に現れたのは丼いっぱいに盛られた鮭のはらこ(イクラ)だった。

 「受け継ぐことが地域の文化」と口をそろえる人たちが暮らす町。先人からの大切な預かり物である鮭料理は、越後村上の「ソウルフード」なのだ。

 文・写真 奥田啓二

 (2012年11月30日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
JR東京駅から上越新幹線で新潟駅まで最短で1時間40分、
同駅から村上駅まで羽越線の特急で約50分。中部国際、名古屋(小牧)、
成田国際の各空港から新潟空港へ定期便で約1時間。

◆問い合わせ 
村上市観光協会=電0254(53)2258、城下町情報館=電0254(52)2099

おすすめ

この時期に捕獲した親鮭

この時期に捕獲した親鮭

★「井筒屋」
1日1組限定。明治後期の建物は、木造2階建てで国の登録有形文化財。
テレビ、風呂はなく、瀬波温泉へ車で送迎してくれる。夕食は予算に応じ市内の飲食店を紹介。予約、問い合わせ電0254(53)3020

★イヨボヤ会館
地下1階の観察自然館では、全長50メートルの壁面に設けた10カ所の窓ガラスから
運が良ければ三面川の分流「種川」をそじょうする鮭(シロザケ)を見られる。
人工水槽の生態観察室では、この時期に捕獲した親鮭の生態がガラス越しに
観察できる。青砥武平治の功績をアニメで紹介するコーナーなども。
午前9時~午後4時半。年末年始休館。
入館料は一般600円、小中高生300円。電0254(52)7117

★越後村上鮭塩引き街道
12月1日~同20日、村上市庄内町周辺で塩引き鮭を町屋の軒先につり、
昔ながらの町並みを再現する。

★味匠「★っ川」
村上市でサケを加工する代表店の一つ。HPはこちら。電0254(53)2213
(注)★は品の口がそれぞれ七

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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