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サロベツ原野

サロベツ原野 北海道豊富町など 「共生」への道探る湿原

足元に咲くミズバショウと利尻山の眺望を楽しむ散策客=北海道豊富町のサロベツ湿原センターで

足元に咲くミズバショウと利尻山の眺望を楽しむ散策客=北海道豊富町のサロベツ湿原センターで

 標高1、721メートル、秀麗な利尻山を擁する利尻島、高山植物の宝庫で「花の浮島」の異名を持つ礼文島などとともに日本最北の「利尻礼文サロベツ国立公園」を形成するサロベツ原野。「♪我もまたひとすじに夢を咲かす」と「サロベツ原野」で鳥羽一郎さんが歌ったように「原野」という言葉は、ひとしおフロンティアスピリットをかきたてるが、サロベツ湿原センター(北海道豊富(とよとみ)町)を訪れるとまた別の感慨にとらわれる。開拓魂の対象だった原野からは目下、「共生」というテーマを突きつけられていた。

 原野のほとんどが、海抜5メートル以下の湿地帯。ミズゴケやヌマガヤなどの湿原植物が低温多湿のために完全に腐らず、長い年月をかけて積み重なりスポンジ状の泥炭地となっている。センター周辺は、特に泥炭が厚く堆積していた地域で、湿原に咲く花々や野鳥を観察するために設置された全長約1キロの木道脇には1970年から30年余り続けられてきた泥炭採掘で活躍した浚渫(しゅんせつ)船も展示されている。

 採掘範囲は150ヘクタールにも及び、採掘された泥炭は土地改良剤や飼料、燃料として利用されてきたという。「現在でも広大な採掘跡地が残っており、自然再生の取り組みが行われています」。案内板の説明と船を交互に見比べていると、浚渫船が遠い昔に遺棄された宇宙船に見えてきた。多くの富と繁栄をもたらした異星人たちだが、その名声はやがて・・・。

 
泥炭採掘に使われた浚渫船=北海道豊富町のサロベツ湿原センターで

泥炭採掘に使われた浚渫船=北海道豊富町のサロベツ湿原センターで

 20世紀初頭に始まったサロベツ原野の開拓は、排水路の整備や客土など酪農地確保に力が注がれてきた。小学校の運動会に親が出場するとグラウンドが上下に揺れたという話が地元に伝わるほど、湿原の乾燥化は容易ではなかったが、町の高台にある「宮の台展望台」からの眺望は、開拓民の勝利を伝える。全身に雪をまとった利尻山を後景に1万5000頭を超える乳牛を養う緑の牧草地が見渡す限り広がる。町名そのままの幸福感に満ちた光景からは、排水路や暗渠(あんきょ)が、周囲の湿原にも影響を与え、乾燥化が深刻な問題になっているとは、なかなか想像できない。

 しかし、乾燥化は確実に進んでいる。それを端的に示しているのが、センター周辺にもたくさん目につくササの繁殖だという。非湿原性ながら水に強いササ類の湿原への侵入、植生の変化をいかに食い止めるかが火急の課題で、農地と湿原との間に緩衝帯を設けるなど、地下水位の上昇と安定を図る取り組みが行政と農家の協力で進められているという。

 センターに設置されたパネルで湿地の現状と課題を学んだ後、“脅威”のササが生い茂っているという海岸を訪れた。稚咲内(わかさかない)という海岸名は、アイヌ語の「ワッカ・サク・ナィ(飲み水がない川)」が語源で、泥炭層から流れる強酸性の水が川の水を赤さび色に変えたことに由来するという。

沼地が点在する湿原の一部は野鳥が生息するラムサール条約湿地として登録されている=北海道幌延町で

沼地が点在する湿原の一部は野鳥が生息するラムサール条約湿地として登録されている=北海道幌延町で

 猛々(たけだけ)しく地表を覆うササ原の向こうに鎮座する利尻山にやがて日が沈み、その直後、山が翡翠(ひすい)色を帯び始めた。マジックアワーの心憎い演出に息をのみ、自然への畏敬の念がどこにも増して強い土地柄だと納得する。浚渫船は、共生の道程の一里塚として語り継がれていくのだろう。

 文・写真 中山敬三

(2013年6月7日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
中部国際空港から新千歳空港は約100分。新千歳から稚内空港は約50分。
羽田空港から稚内は約110分。稚内空港からJR稚内駅はバスで約30分。
稚内駅から豊富駅は約40分。

◆問い合わせ
豊富町観光協会=電0162(82)1728

おすすめ

牛をあしらった道路脇の反射灯

牛をあしらった道路脇の反射灯

★豊富温泉
1926年、石油試掘中に湧きだした。アトピーなどの皮膚病に効果があるとして全国から湯治客が訪れる。
長期滞在者用の自炊型宿泊所のほか、町営の日帰り入浴施設「豊富温泉ふれあいセンター」がある。電0162(82)1777

★大規模草地牧場
総面積1400ヘクタールは全国有数の規模。豊富町内や周辺、本州から約1500頭の牛を飼育している。
NHKドラマ「坂の上の雲」のロケが行われ、ロシア軍との壮絶な戦闘シーンが撮影された。
道路脇の反射灯は牛をあしらう。

★トナカイ観光牧場
フィンランドからやってきたトナカイとふれあうことができる、幌延町自慢の施設。
クリスマスの時期は、ソリも登場する。電01632(5)2050

★幌延ビジターセンター
サロベツ原野に生息する動植物の生態を紹介。
イトウが泳ぎ、雁(がん)などの渡り鳥が訪れるパンケ沼へ続く約3キロの自然探勝路が整備されている。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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