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迫門の曙

迫門の曙 岡山県 夢二も見たか昇る朝日

日本の朝日百選にも選ばれている「虫明迫門の曙」=岡山県瀬戸内市で

日本の朝日百選にも選ばれている「虫明迫門の曙」=岡山県瀬戸内市で

 すっかり白んだ瀬戸内の空に、赤みを帯びた太陽がすーっと昇ってきた。荘厳な、その光景は、まさに「日の出(いづる)国、日本」を連想させるものだった。平清盛の父忠盛が「虫明(むしあげ)の 迫門(せと)の曙(あけぼの) 見る折(おり)ぞ 都のことも 忘(わす)られにけり」と詠んだだけのことはある。

 瀬戸内海に面する岡山県瀬戸内市邑久(おく)町虫明の山手から虫明湾を眺めると、中央に長島、後方には小豆島などの島々が望める。この辺りから昇る朝日が、日本の朝日百選にも選ばれている「虫明迫門の曙」。9月1日前後が最も美しいとされている。

 「晴れの日なら見えますよ」の言葉を信じて、午前5時すぎから日の出を待ち構えた。やがて予定の時刻を迎えたが、太陽はなかなか姿を現さない。すでに体は、芯まで冷えきっている。「水平線近くは曇っているのだろうか」と一時はあきらめかけていただけに、光明が差した時の喜びはひとしおだった。

備前長船日本刀傳習所での古式鍛錬。左手前が刀工の上田さん

備前長船日本刀傳習所での古式鍛錬。左手前が刀工の上田さん

 次に向かったのは江戸時代の剣豪・佐々木小次郎も使っていたという名刀「備前長船(びぜんおさふね)」の里。同市長船町には今も13人の刀工がいて、うち3人が専業で活動している。最年長の上田祐定(すけさだ)さん(66)=本名・範仁=が運営する備前長船日本刀傳(でん)習所を訪ね、昔ながらの作刀作業を見学させていただいた。外観は、何の変哲もない町工場なのだが、中に入ると古代の製鉄法で玉鋼(たまはがね)を造る「たたら」など、見慣れない道具がいくつも置いてあった。炭火が燃え盛る鍛錬場では、師匠の上田さんが、3人の弟子を従え古式鍛錬の真っ最中。上田さんの声を合図に、真っ赤に焼けた鉄の塊を、お弟子さんたちが柄の長い向槌(むこうづち)で交互に打ち付ける。写真を撮っていると火花が首筋まで飛んできた。

 上田さんは、この道40年余り。14世紀の南北朝期にはやった相前備前伝(そうぜんびぜんでん)という流派の作刀にこだわっている。折れず、曲がらず、よく切れるらしい。「平和な現代において日本刀は、見て楽しむ美術工芸品ですが、日本人の魂に通じるもの。この技術を何とか残したいのです」といい、「1000年先の評価も考え、地金づくりから古式の製法にこだわっています」と続けた。その一挙手一投足を見逃すまいと、懸命に付き従うお弟子さんたちの姿勢にも頭が下がった。

竹久夢二の生家。母屋(左後方)には夢二の部屋もある

竹久夢二の生家。母屋(左後方)には夢二の部屋もある

 もう一つ、この地を訪れてはずせないのは、明治から大正期にかけて活躍した画家であり、詩人でもある竹久夢二の生家。それは、地元の人が“千町(せんちょう)平野”と呼ぶ広大な田園地帯の、小高い山のふもとにあった。酒の取り次ぎもする裕福な農家で、父親は旅芸人の一座を自宅に泊まらせるほどの風流人。母親と姉には特にかわいがられたようで、近くの公園には「泣く時はよき母ありき 遊ぶ時はよき姉ありき 七つのころよ」の石碑があった。

 25年前から生家の管理に携わっている横山和子さんに、夢二の数多い女性遍歴などを尋ねると「離縁された妻たまきさんは、夢二が療養した病院を死後に訪ね、“お世話になりました”と下働きをしてお礼奉公されたそうです。夢二が、やさしい人でなかったら、こんなことはしないでしょう」と、すかさず返ってきた。姉が嫁いだ11歳時には、寂しさから、姉の名の鏡文字を自分の部屋の柱に墨で書いたのだという。その時の情景を思い浮かべると何とも、いじらしい。素の夢二に一歩、近づけたような気がした。

 文・写真 富永賢治

(2013年12月20日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
虫明へは、JR岡山駅から赤穂線の邑久駅で下車、バスに乗り換え約40分。
車は山陽自動車道・備前ICから無料の岡山ブルーライン経由で約15分。

◆問い合わせ
瀬戸内市観光協会=電0869(34)9500

おすすめ

「岡山いこいの村」の魚介料理

「岡山いこいの村」の魚介料理

★備前長船日本刀傳習所
日本刀文化を広めるため土、日、祝日の午前9時から午後4時まで仕事場を無料公開している。
飛び込み可だが、作業しない日もあり、1週間以上前にホームページでの予約がお勧め。
電086(966)9828

★夢二生家
夢二の作品などを展示している。
近くには夢二が設計し、東京に建てたアトリエ「少年山荘」が再現されている。
いずれも開館時間は午前9時から午後5時まで。
共通入場券は一般500円、中学生以上の学生250円、小学生200円。
月曜(祝日の場合は翌日)休館。
電0869(22)0622

★岡山いこいの村
瀬戸内市営の公共の宿。
大浴場からは瀬戸内海が一望でき、好天時には入浴しながら“虫明迫門の曙”が見られる。
近くで養殖しているカキや新鮮な魚介料理も魅力。
電0869(25)0686

★国立療養所「長島愛生園」歴史館
長島愛生園と治療法の確立後も強制隔離されていたハンセン病患者の不幸な歴史などを紹介している。
入館無料だが事前予約が必要。
申し込みは平日の午前8時半から午後5時まで。
長島愛生園=電0869(25)0321

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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