【本文】

  1. トップ
  2. 旅だより
  3. 余市
余市

余市 北海道 グラス傾け先人思う

余市町には余市川の清流や豊かな自然が残る

余市町には余市川の清流や豊かな自然が残る

 銀世界の後方には、緩やかな山並みが広がっていた。余市川はゆったりと流れ、時が止まったかのよう。澄み切った辺りの空気は、これでもかというほど冷たく、湿気を帯びていた。

 NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」の舞台、北海道余市町を訪ねた。モデルとなったニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝と、妻のジェシー・ロバータ(リタ)は、アユの北限とされる余市川の川沿いを、よく散歩したのだという。山に靄(もや)がかかる朝夕の様子を、竹鶴は著書で「スコットランドとそっくり」と書いている。

JR余市駅近くにあるニッカウヰスキー余市蒸溜所。異国情緒あふれる重厚な造りだ

JR余市駅近くにあるニッカウヰスキー余市蒸溜所。異国情緒あふれる重厚な造りだ

 「冷涼多湿の余市は、まさにウイスキー造りの理想郷」-。ニッカウヰスキー北海道工場の前工場長、杉本淳一さん(60)はこう話した。温度管理が簡単にできる今でも、ウイスキーは貯蔵庫で何年も寝かせなければならない。どれだけアルコールや水分が蒸発するかはその土地の気候次第。土や空気が味を決めるのだという。

 ニッカウヰスキーの余市蒸溜(じょうりゅう)所は、余市川河口から南へ1キロ、JR余市駅から歩いて2分の所にあり、潮風を受ける。重厚な石の門をくぐると、見えてくるのは、三角形の真っ赤な屋根が特徴的な建物。石狩地方などの湿原で採れるピート(草炭)を燃やし、麦芽を乾燥させるキルン塔だ。異国情緒あふれる蒸溜所内の9つの建物は、国の登録有形文化財に認定されている。

同蒸溜所ではウイスキーの貯蔵庫などが見学できる

同蒸溜所ではウイスキーの貯蔵庫などが見学できる

 ウイスキーの甘い香りが鼻をくすぐる蒸溜棟では、世界でも珍しい、石炭による蒸留工程を見ることができる。職人が、火の様子を見ながら、石炭をスコップで炉に投げ入れる。蒸溜所ができた1934(昭和9)年直後と同じ作業が今も続けられている。重労働だが「石炭ならではの香ばしいフレーバーが余市の特徴」とニッカウヰスキー広報担当部長の高梨直也さん(53)。移築した竹鶴夫妻の家や創業当時の事務所棟もあり、ドラマと同様の光景がすぐそこにあった。

 海産物にも、農産物にも、ウイスキー造りにも恵まれた余市だが、こうなるには多くの苦労があった。かつてはニシン漁が盛んでソーラン節もできたが、昭和に入ると不漁が続き、漁師たちを苦しませた。国内で最初に西洋リンゴの量産に成功したのも余市。リンゴの生産を根付かせた会津藩士は、戊辰戦争で敗れ、逆賊として失望感に包まれる中、刀をくわに持ち替え、力を振り絞った。竹鶴も、鮮度が大切なりんごジュースの輸送や販売で苦労し、ようやくウイスキー生産にたどり着いた。余市は、人々が逆境を乗り越えながら夢をかなえてきた町なのだ。

蒸留工程では石炭を燃料にした昔ながらの作業が今も続けられている=いずれも北海道余市町で

蒸留工程では石炭を燃料にした昔ながらの作業が今も続けられている=いずれも北海道余市町で

 歴史に思いをはせ、敷地内のウイスキー博物館でグラスを傾けた。ここでは50種類のウイスキーが1ショット100円から1700円で試飲できる。うち8種類は、ここだけの限定酒だ。竹鶴の著書「ウイスキーと私」に「楽しみながら時間をかけて飲む」とあり、チーズを片手に、限定のうちの6種類をじっくりと味わった。

 自身の名も略せば同じ「マッサン」。ドラマを見て、本を読み、生き方に憧れた。余市は、一大観光地・小樽の近くにある小さな町だが、近年は、北海道随一の収穫量を誇るブドウを使ったワイナリーが相次いで誕生するなど、その魅力は増すばかりだ。

 余市へ来て、実際に町を歩くと、余市の味わいはさらに深まる。

 ウイスキーだけでなく、美しい自然を守り、美しい町並みをつくってきた人たちの情熱にも酔わされた。

 文・写真 有川正俊

(2015年2月13日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
余市町へは、中部、羽田両空港から新千歳空港への便がある。
新千歳空港からは、JR小樽駅経由で余市駅まで約2時間。
さらに余市蒸溜所へは徒歩2分。

◆問い合わせ
ニッカウヰスキー余市蒸溜所=電0135(23)3131、
余市観光協会=電0135(22)4115

おすすめ

ヘラガニの薫製

ヘラガニの薫製

★余市ワイナリー
余市産ブドウを使ったワインを製造販売。
醸造棟や瓶詰め作業、貯蔵棟などを見学できる。
ショップの営業時間は午前10時から午後5時まで。
1月から4月までは火、水曜定休となる。
電0135(21)6161

★南保留太郎商店
海産物や卵などの薫製を製造販売している。
人気商品はワタリガニの一種、ヘラガニの薫製。
身が小さく、網を傷つけるため近年までは捨てられていたが、
味は濃厚で、パスタソースなどに使うと絶品。
時期によって大きさは違うが、4杯1000円程度で販売している。
電0135(22)2744

★旧下ヨイチ運上家(うんじょうや)
松前藩時代のアイヌとの交易拠点で国重要文化財。ニシン漁が盛んだった時代が分かる展示などをしている。
月曜と祝日の翌日休館(月曜が祝日の場合は開館)。12月中旬から4月上旬までは冬季休館となる。
入場料は大人300円、小中学生100円。
電0135(23)5915

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

旅コラム
国内
海外