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渋民

渋民 盛岡市 歌集手に啄木青春の地

啄木もこの教室で学び、教えていた「旧渋民尋常小学校」の2階。教壇に立つのは森義真館長=盛岡市玉山区渋民で

啄木もこの教室で学び、教えていた「旧渋民尋常小学校」の2階。教壇に立つのは森義真館長=盛岡市玉山区渋民で

 「ふるさとの山に向(むか)ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな」

 都会の生活に疲れると石川啄木の歌が心にしみる。啄木のふるさとを訪ねてみようと啄木歌集を手に北へ向かった。新幹線盛岡駅で降り、「IGRいわて銀河鉄道」に乗り換える。

 もとはJR東北線。2002年の東北新幹線盛岡-八戸間開業に伴って経営分離された。盛岡-目時(めとき)間約82キロ。名前は啄木と並んで岩手県を代表する童話作家、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に由来する。

 前日からの雪は一段と激しさを増していた。渋民(しぶたみ)駅で降り、タクシーに乗って5分で石川啄木記念館へ。一面の雪。途中、運転手が「今年は雪が多い」と話す。3年前の「啄木没後百年」ポスターのキャッチコピーは「ああ、雪の天国 そは我が故郷」だった。雪もまたよしというべきか。

 館内には隣の日戸(ひのと)村で生まれ、渋民村で育った啄木の生い立ちや、友人などに宛てた直筆の手紙や原稿、中には借用証まで展示されている。日戸も渋民も今は盛岡市だ。

 記念館のわきには啄木が学び、後に代用教員として勤めた「旧渋民尋常小学校」の校舎、教員時代に寄宿した民家が移築されている。案内してくれた館長の森義真(よしまさ)さん(61)が「校舎の建材は(建築当時の)明治17(1884)年のまま」と言う。

 古びた玄関を入って左手が職員室。机が4つ。窓から離れた末席の啄木の机に、職員室の様子を描いた小説「雲は天才である」の一節が置かれている。

 2階の教室に入ると、すえたような木のにおい。黒板も机もいすも当時のまま。啄木が教えたのは1年間だったが、「生徒には人気のある先生だった」と森さん。教壇に森さんが立つと啄木の姿が重なって見えた。「格差問題など、時代閉塞(へいそく)の状況に苦しむ今の若い人にも啄木の歌や評論は共感するところが多い」

渋民公園にある啄木の第1号歌碑。すぐ後ろに北上川。晴れていれば後方正面に岩手山を望むことができる=盛岡市玉山区渋民で

渋民公園にある啄木の第1号歌碑。すぐ後ろに北上川。晴れていれば後方正面に岩手山を望むことができる=盛岡市玉山区渋民で

 記念館の近くに、啄木の父が住職を務め、啄木が1歳から18歳まで暮らした宝徳寺がある。新しく建て替えられたが、当時の姿に復元された「啄木の間」が設けられている。

 徒歩で10分ほどの渋民公園には1922年建立の大きな石の第1号歌碑が立っている。「やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに」。碑の後ろには北上川が流れ、晴れていれば雄大な岩手山(標高2,038メートル)が望めるという。まさにふるさとの山、ふるさとの川だ。ただ、ふるさとの山を渋民から近い姫神山(標高1,124メートル)を含めて言う人も多い。

 啄木が盛岡中学校(現盛岡第一高校)に通った当時は渋民駅はなかった。隣の好摩(こうま)駅で乗り降りした。駅舎は改築され、当時の面影はないが、待合室に「霧ふかき好摩の原の 停車場の 朝の虫こそすずろなりけれ」の古い木の歌碑があった。

 盛岡駅に戻った。駅を出て北上川を渡った先に「啄木新婚の家」がある。19歳の時、両親、妹とともに妻節子と3週間暮らした。古い構えの木造平屋の家。啄木は挙式の日に帰らず、節子は花婿のいない結婚式をここで挙げた。

啄木、節子夫妻の写真が飾られている「啄木新婚の家」=盛岡市中央通で

啄木、節子夫妻の写真が飾られている「啄木新婚の家」=盛岡市中央通で

 管理人の大野道夫さん(82)が「元は武家屋敷。この家に3所帯が住み、啄木夫婦の部屋はこの四畳半一間だった」と指さした。部屋の中に小さないろりがあった。短い期間だったが、啄木は随筆「我が四畳半」にこの家のことを記している。

 まもない転居には「3所帯がふすま越しではプライバシーもないですから」と大野さん。「啄木が触った柱だからとなでていく人は多い」と笑った。

 26年という短い啄木の生涯。ゆかりの地を訪ねながら、少し苦い青春の思い出がよみがえってきた。

 文・写真 朽木直文

(2015年2月20日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
盛岡駅までは東北新幹線はやぶさで東京駅から約2時間10分。
渋民駅には、IGR盛岡駅から約20分。
車の場合は、東北道・滝沢ICから約15分。

◆問い合わせ
盛岡観光コンベンション協会=電019(604)3305、
石川啄木記念館=電019(683)2315

おすすめ

★もりおか啄木・賢治青春館
旧第九十銀行(国指定重要文化財)を保存活用し、ともに盛岡中学校に学んだ2人の作品、書簡などを展示。
喫茶「あこがれ」(啄木の第1詩集の名)では、南部鉄瓶でわかした湯でコーヒーを入れる。
原則第2火曜休館。入館無料。電019(604)8900

ぶらっと1日体験工房

ぶらっと1日体験工房

★IGRレンタサイクル
冬季は休みだが、渋民周辺の啄木ゆかりの地を訪ねるには最適。
渋民、好摩両駅で貸し出している。
1日300円(ペア500円)。
利用期間は4月上旬~11月下旬。事前予約を。
渋民駅=電019(683)2224

★ぶらっと1日体験工房
好摩駅でJR花輪線に乗り換え、荒屋新町駅で下車。
八幡平(はちまんたい)市荒屋新町商店街などで手打ちそばや味噌(みそ)造り、
ミニ畳作りなどの体験ができる。
安比(あっぴ)塗漆器工房では塗り箸に色漆の絵付け体験(1時間半で1700円)。
原則2人以上からの受け付けだが、1人で参加できる日も。
八幡平市商工会安代支所=電0195(63)1001

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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