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十分・九フン

十分・九フン 台湾 願い乗せ天灯ふわり

空へ舞い上がる天灯を見上げる観光客ら=台湾・十分で

空へ舞い上がる天灯を見上げる観光客ら=台湾・十分で

 十分(じっぷん)、九フン(きゅうふん)といっても、時間のことではない。いずれも台北郊外の地名だ。台北から東へ。左右から山が迫る峡谷を1時間ほどバスに揺られて進むと、十分に着いた。

 ここには台湾3大ローカル線の1つ、平渓(へいけい)線が通る。十分駅にほど近い単線沿いの十分老街に軒を連ねる店の大半は「天灯(てんとう)」の看板を掲げている。天灯は、底のない直方体の紙風船のような大型のランタン。側面に願い事を書き、中に灯をともして熱気球の原理で空へ飛ばす。「三国志」で有名な軍師・諸葛孔明が、通信手段に使ったのが起源との説もある。

 「阿媽(あま)の天灯」という店に、ひときわたくさんの観光客が群がっていた。経営するおばあちゃん、林牡丹(りんぼたん)さん(86)は小柄ながらかくしゃくとしている。「天灯上げ体験の店を始めたのは32年前。幅90センチ、高さ120センチという天灯のサイズを決めたのも、うちよ」と誇らしげだ。今や地域に100店以上がひしめく一大産業になった。

 他の観光客と4人で、側面にそれぞれ筆で願い事を書く。名古屋市から来た女子大生は「世界平和」「早く結婚できますように」と、2つも書いた。何と欲張りな。

 40歳の筆者は、そんな気の利いた願い事がいくつも浮かばない。シンプルに「家内安全」と大書した。

 なかなか列車の通らないレールの上で天灯を囲み、上部を押さえていると、おばあちゃんの末息子の林志明(しめい)さん(54)が、内部に火を付ける。熱を帯びてくるが、志明さんは「マテマテ」と片言の日本語で自制を促す。そして少し膨らみかけたところで「ハナシテ」と声を上げた。

 すると天灯は、ふわりと空中に浮かび、たちまち曇天の向こうに見えなくなった。先ほどの女子大生が宙を仰いで叫ぶ。「行け、私の願い」

 息子2人、娘5人を育て上げた店のおばあちゃん。「日本で博士号を取った子もいる。全て天灯のおかげ。あなたたちの願いも、きっとかなうはずよ」

 少し西の平渓という町では、毎年元宵節(げんしょうせつ)に大規模な天灯祭が開かれる。今度はそちらで、無数の天灯が夜空を染める幻想的な様子を見てみたいものだ。

軒下に赤ちょうちんがいくつもつり下げられた喫茶店「阿妹茶樓」=台湾・九フンで

軒下に赤ちょうちんがいくつもつり下げられた喫茶店「阿妹茶樓」=台湾・九フンで

 次に向かった九フンという町の名は「九世帯」という意味。現地の旅行社でトラベルガイドを務める林盈均(りんえいきん)さん(41)が教えてくれた。かつては九世帯しか住まない寂しい町だったが、19世紀末に金鉱が発見され、日本統治時代に目覚ましい発展を遂げたという。

 終戦から中華民国が台北に遷都するまでの台湾社会を描いた1989年の映画「悲情城市」の舞台になり一躍、人気観光地になった。急な石段沿いに飲食店や土産物店、臭豆腐の屋台などが雑然と立ち並び、海が見晴らせる。

 息を切らしながら石段を上ると、ひときわ異彩を放つ3階建ての建物があった。軒下にはいくつもの赤ちょうちん。まるで東洋風の豪華客船だ。「湯婆婆(ゆばあば)の屋敷」と看板が掛かったその店は「阿妹茶樓(アーメイチャーロウ)」という喫茶店。

 看板通りアニメ映画「千と千尋の神隠し」に登場しそうな雰囲気だが、モデルではないという。それでも商魂たくましく、映画のキャラクターのストラップまで売っている。その真偽はさておき、赤ちょうちんに明かりがともる夜景は、また来た時の楽しみに取っておこう。

お茶の入れ方を説明してくれる女性店員=台湾・九フンで

お茶の入れ方を説明してくれる女性店員=台湾・九フンで

 九フンは、なかなか天気に恵まれない町という。3月上旬のこの日も昼食後、阿妹茶樓のテラスでうぐいす豆で作ったしっとりとした落雁(らくがん)を味わい、香り高い台湾茶をすするうちに深い霧が立ちこめ、眼下の海がすっかり見えなくなった。

 文・写真 築山栄太郎

(注)九フンの「フン」はニンベンに分

(2015年4月10日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
台北へは、中部や成田、羽田、静岡、富山、小松などの各空港から定期便が就航している。
台北から十分へは平渓線のほか、地下鉄のMRT木柵駅からバスで1時間程度。
九フンへはMRT忠孝復興駅からバスで1時間~1時間半。タクシーも日本よりかなり安くて便利。

◆問い合わせ
台湾観光協会東京事務所=電03(3501)3591

おすすめ

小籠包

小籠包

★平渓線
北部の渓流に沿って走る台湾鉄路管理局のローカル線。
日本統治時代の炭鉱開発の専用鉄道が前身。
三貂嶺(さんちょうれい)-菁桐(せいとう)間の13キロで、沿線には十分や平渓などの町や、森林、渓谷、炭坑跡などがある。
運行は1時間に1本程度。乗り降り自由な1日周遊券は52元(1台湾元=約3.8円)。

★十分瀑布(ばくふ)
「台湾のナイアガラ」と呼ばれる。
落差20メートル、幅40メートルで豊富な水量を誇る。
平渓線の十分駅から徒歩30分。
遊歩道や渓谷のつり橋を無料で散策できる。

★小籠包
豚のひき肉を小麦粉の皮で包んだ上海発祥の料理。
台湾名物として定着している。
「鼎泰豊(ディンタイフォン)」は日本や中国、米国などにも展開する人気店。
台北101店では、小籠包を包む職人たちをガラス越しに見られる。
酢としょうゆのタレに漬け、ショウガを添えて口に運ぶと、あふれ出た肉汁が混じって深い味わいが広がる。
基本の小籠包は5個100元。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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