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おれんじ食堂

おれんじ食堂 九州・肥薩おれんじ鉄道 食通もうなる味と風景

九州西海岸を縫うように走る「おれんじ食堂」

九州西海岸を縫うように走る「おれんじ食堂」

 「食堂」という言葉が持つイメージは、人によって異なるだろうが、大方は家族や仲間と一緒に食事を楽しむ、憩いの場-といったところではないだろうか。そんな「食堂」を冠した観光列車が、九州の西海岸を走っている。

 茄子紺(なすこん)と呼ばれる深みのある青紫色に塗られたディーゼルカーが、新八代駅のホームに滑り込んできた。列車の名前は「おれんじ食堂」。2004年3月、九州新幹線の開業に伴い、並行在来線が第3セクター化された肥薩(ひさつ)おれんじ鉄道の看板列車である。

 2両編成の車両は、世界的な工業デザイナーで、国内の鉄道デザインを数多く手がけた水戸岡鋭治(みとおかえいじ)さんによるもの。沿線の木材をふんだんに使った内装と、車両とそろいの色のエプロン姿のクルーが出迎えてくれる。2人並んで座れるソファ席を含め、計40ほどある座席は、ほぼ埋まっていた。

メーンの鶏料理。車窓には雄大な東シナ海が広がる=いずれも鹿児島県阿久根市で

メーンの鶏料理。車窓には雄大な東シナ海が広がる=いずれも鹿児島県阿久根市で

 列車が走りだすと、テーブルにはおしぼりと、名産のかんきつ類「晩白柚(ばんぺいゆ)」のウエルカムドリンク。のどを潤しているうちに佐敷(さしき)駅で停車した。ホームに降り立つと、揚げたてのカレーパンを手にした地元の人たちが出迎えてくれた。ブランド牛「あしきた牛」がごろごろと入っている。お代は不要のお土産だ。これは「駅マルシェ」と呼ばれるサービスで、途中いくつかの停車駅で受けられる。地元の人との交流も楽しめて、この列車旅の魅力の一つだ。

 列車は鹿児島県に入った。カーブが多くなり、海岸線を縫うように走っている。クルーたちは揺れや傾きをものともせず、手際よく料理を皿に盛り付け、笑顔で配膳していく。

 「いずみどりのステーキです」。運行を始めた13年からクルーを務めている吉見奈月さん(21)がメーン料理の皿を運んできた。途中で停車した出水駅のある鹿児島県出水市の地鶏だ。特製のソースをつけて口に含むと、歯ごたえがあるのに硬くない。あふれ出す温かい肉汁は絶妙の味わい。「食べ応えがあって、私も大好きです」。吉見さんの笑顔は、郷土への愛着に満ちていた。

 この便の料理を担当したのは出水市内の農園レストラン「三蔵」オーナーシェフ、西尾昭三さん(64)。「地元の食材に、とことんこだわっています」と言うだけあって、力の入れようもさすが。西尾さんは近隣の農産物直売所を回り、この列車のために旬の食材を仕入れているそうだ。

列車の揺れもものともせず手際よく料理を運ぶクルー=鹿児島県出水市で

列車の揺れもものともせず手際よく料理を運ぶクルー=鹿児島県出水市で

 ホテルでの勤務経験が長い西尾さんは、料理の温度にもこだわる。運行ダイヤに合わせ、時間を逆算して調理し、保温材を添えて搬入する念の入れよう。時折、列車に乗り込み、クルーの「おもてなし」にも目を光らせる。

 雄大な東シナ海と、ごつごつした海岸の岩肌が、目に飛び込んできた。車窓からの贅沢(ぜいたく)すぎるほどの景色と、目の前には地元産食材の粋を集めた料理の数々。“眼福と口福”を同時に満たしてくれる夢のようなひとときだ。

 車内では、料理に舌鼓を打つ人、仲間やクルーとのおしゃべりに花を咲かせる人、ぼんやりと車外を眺めグラスを傾ける人…。みな、思い思いに楽しんでいる。確かなのは、いつもの通勤電車とは違い、携帯電話と向き合ったままの人がいないこと。この列車が「食堂」の名に恥じないことの証しだろう。

 食後のコーヒーの余韻が残る中、終点の川内(せんだい)駅に到着した。この間、実に4時間11分。走破した約120キロは、新幹線ならわずか30分、普通列車でも2時間半の行程である。スピード化の流れにあらがい、ゆっくりとした時間が流れる「おれんじ食堂」は、ただの移動手段ではなく、乗ること自体が旅の目的になりうる列車だった。

 文・写真 久野賢太郎

(2015年8月14日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
肥薩おれんじ鉄道の列車「おれんじ食堂」の始発駅は、新八代駅(熊本県八代市)と川内駅(鹿児島県薩摩川内市)。
新八代駅へは、博多駅から新幹線で約50分、川内駅へは約1時間25分。

◆問い合わせ
肥薩おれんじ鉄道予約センター=電0996(63)6861

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人形岩

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★列車・おれんじ食堂
祝日と毎週金、土、日曜に運行。朝食、昼食、夕食、バーの4種類の便があり、出発駅は便によって異なる。乗車料金は、朝食が大人9500円、昼食と夕食は各2万1000円。バーは、食事と停車駅のサービス「駅マルシェ」なしで3800円。

★日奈久(ひなぐ)温泉
放浪俳人・種田山頭火も愛したとされる名湯。日帰り入浴施設の日奈久温泉センター「ばんぺい湯」を中心に、宿泊施設が立ち並ぶ。八代海で取れた新鮮な魚を使ったちくわも有名。日奈久温泉駅を下車してすぐ。電0965(38)0617

★人形岩
東シナ海に面した海岸にある2つの奇岩がそう呼ばれている。海で亡くなった夫を待ち続け、赤ん坊を抱いたまま亡くなった妻をふびんに思った神様が岩に変えたという言い伝えがある。背景に沈む夕日がつくり出すシルエットは絶景。西方駅から徒歩10分。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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