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別子銅山跡

別子銅山跡 愛媛県 繁栄の礎 重厚な石造り

「東洋のマチュピチュ」と例えられる東平地区にそびえる貯鉱庫跡と索道基地跡=愛媛県新居浜市で

「東洋のマチュピチュ」と例えられる東平地区にそびえる貯鉱庫跡と索道基地跡=愛媛県新居浜市で

 1973(昭和48)年の閉山まで、280年余りの歴史を誇った愛媛県新居浜市の別子銅山。最近、その産業遺産の中でも、「東洋のマチュピチュ」と例えられる山中の施設跡が注目されているらしい。

 目当ての建物は、16~30年に採鉱本部が置かれた、標高約750メートルの東平(とうなる)地区にある。最後に本部が置かれた麓の端出場(はでば)地区から観光バスに乗る。新居浜観光ガイドの会の石川潔会長(65)が、歴史や概要だけでなく、通り道の景色まで解説してくれた。

 別子銅山の歴史は江戸時代、1691(元禄4)年にさかのぼる。一貫して経営した住友が、ここで財を成して今日の姿に発展したとは知らなかった。銅山から派生したグループ企業も多く、まさに企業城下町。今でも街の7割は、住友と関わる仕事をしているそうだ。石川さんはガイドを始めるまで、残りの3割の方にいた。「今でこそ、こうして回し者みたいに住友の歴史なんてしゃべってますけどね」と、いたずらっぽく畳み掛けた。

索道基地跡と貯鉱庫跡を崖上から見下ろすと、古代都市のようだ=愛媛県新居浜市で

索道基地跡と貯鉱庫跡を崖上から見下ろすと、古代都市のようだ=愛媛県新居浜市で

 ループ橋が、この先の険しさを予感させる。けれど、地上1200メートル、地下1000メートルにも及ぶ大坑道の始まりの地「歓喜坑」など初期の遺構はもっと奥で、歩いて登らなければ見られない。そんな山中に、最盛期には1万2000人以上が住んだという。

 県道を離れ、狭い山道を分け入るように上る。閉山後も続く植林で、麓から見るとただの山だが、道沿いに段々畑のように広がった社宅の跡地や、基礎だけが残った共同浴場跡がある。夜になると麓から、社宅群の明かりが空に浮かぶように見えていたというのだから、今の山深さは、閉山40年超という数字以上に時の流れを感じさせた。

 突然、視界が開けて東平に着く。かつて3800人ほどが暮らした地区の中心部はほとんどの建物が取り壊され、海まで一望できる。向かいの山の頂上近くには、日本初の山岳鉱山鉄道・上部鉄道が敷かれていた筋が辛うじて見える。標高約1100メートル。あんな切り立った所に鉄道が通せるものなのか。

索道基地跡の前で観光客に解説する石川潔会長(右)

索道基地跡の前で観光客に解説する石川潔会長(右)

 200段超の石段に生まれ変わった荷揚げ用のインクライン跡を下りると、いよいよ東洋のマチュピチュ。古びて傷みは隠せないが、斜面沿いにそびえる重厚な石造りは、さすがに目を引く。貯鉱庫や、選別した鉱石と生活物資を麓とやりとりする索道の基地だった。ペルーの本物を見たことはないが、山の中によくこんなでかい物を、という感慨はきっと同じなのだろう。

 索道は鉱石の重みで動かし、発電所を持っていながら最後まで電化しなかったそうだ。石川さんは「従業員の仕事がなくなるからなのかな。歴史を勉強していくと、住友って何かそういうとこありますよ」。

 麓の別子銅山記念館には、歌人でもあった住友家の第16代当主吉左衛門友成が、閉山に際して銅山を訪れて詠んだ直筆の歌が残っている。そのうちの一つが印象的だった。

 み祖(おや)より継ぎ来て此処(ここ)に280年いま閉山の悲しきに遭ふ

 住友家にとってこの地は、大財閥への礎となった、ふるさとのようなものなのだろう。終わりを目の当たりにした思いはどれほどだったろうか。

 面白い建築物を眺めに来たつもりが、豊富な資料に引っ張られて、気が付いたら歴史物語にはまり込んでいた。それでも、あんな山深い場所に、大きな廃虚があるインパクトは、十分すぎるほどだった。

  文・写真 松崎晃子

(2015年11月6日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
新居浜駅へは、岡山駅からJR特急で約1時間35分。
道の駅マイントピア別子へは、駅からバスで約25分、車で約15分。

◆問い合わせ
新居浜市観光協会=電0897(32)4028

おすすめ

打除(うちよけ)鉄橋

打除(うちよけ)鉄橋
別子銅山記念館

別子銅山記念館

★マイントピア別子
銅山跡を再開発した観光施設。
端出場には観光坑道や道の駅があり、縮小復元された鉱山鉄道の機関車で移動する。
当時使っていた打除(うちよけ)鉄橋も渡る。
東平へは道の駅から車で約25分。
道が狭く離合できないため、ガイド付きバスが便利。
3月ごろ~11月末、午前11時と午後1時に運行。
予約制で中学生以上1200円、3歳以上600円。
電0897(43)1801

★関連施設
市内には産業遺産や資料館が数多くある。
銅山鎮護の大山積神社境内には、鉱山鉄道の蒸気機関車を展示。
隣は別子銅山記念館で、2000分の1の坑道模型や当時の写真がある。
半地下の屋根にサツキが植えられた特徴的な構造。
道の駅から車で5分。
月曜と祝日、年末年始休み。無料。
同記念館=電0897(41)2200

★広瀬歴史記念館
明治政府による銅山接収を回避して近代化を進め、住友家初代総理人となった広瀬宰平を文献を中心に紹介。
隣の旧広瀬邸は避雷針など輸入品を取り入れた日本建築。
大人520円、中学生以下無料。
月曜と祝日の翌日、年末年始休み。
電0897(40)6333

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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