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春待つマタギの里

春待つマタギの里 秋田県北秋田市 自然敬い 恵みに感謝

打当温泉マタギの湯にあったツキノワグマの敷物

打当温泉マタギの湯にあったツキノワグマの敷物

 漆黒の空から雪が風に乗って舞い降りる。山では雪をまとったブナやナラの木々が身を寄せ合うように立ち、里では民家からほのかに煙が立ち上る。秋田県北秋田市にあるマタギの里は雪に埋もれたまま遠い春を待っていた。

 同市阿仁(あに)地区には、根子(ねっこ)、打当(うっとう)、比立内(ひたちない)という3つのマタギ集落がある。マタギとは独自の伝統と信仰を継承してきた狩猟集団。まず熊(ツキノワグマ)狩りが連想されるが、4月あたりからの残雪期と晩秋が代表的で、訪れたときは猟が小休止といった時期だった。

 打当温泉マタギの湯で、現役マタギの鈴木英雄さん(68)は、いろりの前にどっかりと座り、マタギについて語ってくれた。鈴木さんは代々、打当のマタギを統率するシカリの9代目で、ラグビー選手のような体格だ。柔らかな語り口で、仕留めた熊を「けぼかい」と呼ばれる儀式で送ることや獲物は猟に参加した人に平等に分け与えられる「マタギ勘定」などについて教えてくれた。

 
いろりを前にマタギの猟について語る鈴木英雄さん(右)

いろりを前にマタギの猟について語る鈴木英雄さん(右)

 鈴木さんの話を聞いているうちに、マタギは狩猟ばかりしているのではなく、イワナも釣れば、山菜やキノコも採取するなど、山から恵みを受けている山人と気づいた。規律や儀式を受け継いでいるのが、一般の狩猟者との大きな違いだが、そこには自然への畏敬の念、乱獲はしないといった哲学がある。

 外は雪が激しく降り始めたが、鈴木さんの語りは熱を帯びた。3つの集落は、それぞれ独自に猟をしていたが、近年、マタギの減少で、3つの集落で合わせて約20人。10人以上必要な巻き狩りが単独ではできず、共同で行うことが多くなったと嘆く。マタギは60歳以上が大半で、若い後継者はほとんどいない。それでも鈴木さんの元に大学生が弟子入りを志願したという。「やる気のある若者がいるんだったら、面倒をみるっぺ」と腰を上げた。

 
根子山神社の境内で佐藤哲也さんに山神のご神体を特別に見せていただいた

根子山神社の境内で佐藤哲也さんに山神のご神体を特別に見せていただいた

 外に出ると、記録的な寒波の到来で、積雪は1メートルを超えていた。日中でも氷点下5度で、雪はさらさらだ。恐る恐る道を歩くと、雪かきをしていたおばあちゃんが「今年は雪が少ねえ」とつぶやく。車に乗り、一方通行のトンネルを抜けると、根子の集落が望める高台に着いた。マタギ発祥の地ともいわれ、山に抱かれるように民家が点在している。雪は打当に比べて少ない。旧家を守る佐藤哲也さん(74)の案内で雪を踏み締め、高台の「根子山神社」に向かう。冷気が張り詰めた境内で「山神のご神体」を特別に見せていただいた。山神は醜い容姿の女性と聞いていたが、ご神体は目にはきずがあるものの、優しさを漂わせているように感じた。

マタギ発祥の地ともいわれる山深い根子の集落。訪れた日も雪で遠い春を待っていた=いずれも秋田県北秋田市で

マタギ発祥の地ともいわれる山深い根子の集落。訪れた日も雪で遠い春を待っていた=いずれも秋田県北秋田市で

  日が暮れて、比立内にある松橋旅館へ向かうと、熊の剥製がお出迎え。あるじは14代目のマタギで、一代記が本にもなっている松橋時幸さんだったが、2011年に他界した。次女悦子さん(52)の夫利彦さん(52)が15代目として、時幸さんの遺志を継ぎ、旅館を切り盛りしながらマタギを続けている。

 夕食のメーンは、ぐつぐつ煮立った熊鍋。熊肉、ネマガリダケ、ゼンマイなどが入った自家製のみそ仕立てだ。いずれも、利彦さんが山で収穫したものや自家製のものばかり。熊肉特有と思われるにおいやくせもあるが、これが山の香り。山菜に染み込んだ味わいが格別で、何度もおかわりをした。

 利彦さんは「まだ若い方なので、熊を追い上げる勢子(せこ)でも、一番大変なコースを任されることが多いです。6時間ぶっ通しで山を歩いたときはしんどかったっす」と笑う。「こんだ冬でのうて、春か秋にでも来てくだされ。新鮮な山の幸をいっぺえ、食べれっから」。帰りの朝も雪でかすむ山々。里の外れにたたずむブナの巨木が見送ってくれた。人も熊も木々も新緑の季節を待ちわびていた。

 文・写真 柳沢研二

(2016年2月19日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
秋田新幹線の角館駅で秋田内陸縦貫鉄道に乗り換え、阿仁マタギ駅まで約1時間。
秋田空港へは中部国際空港から1時間25分、羽田から1時間10分。
大館能代空港へは羽田からの便もある。

◆問い合わせ
秋田県名古屋事務所=電052(252)2412
秋田県東京事務所=電03(5212)9115

おすすめ

バター餅

バター餅

★打当温泉マタギの湯
源泉掛け流しの温泉。山菜やイワナなどの郷土料理が味わえるほか、
宿泊もできる。入浴料は中学生以上450円、小学生200円。
不定休。併設されているマタギ資料館には、巻物をはじめ、
マタギが使っていた銃や刃物、衣類などが展示されている。
入館料は中学生以上150円、小学生50円。電0186(84)2612

★バター餅
北秋田市の家庭で古くから食べられているスイーツがバター餅。
市内の道の駅やスーパー、コンビニなどで購入できる。つきた
ての餅のような食感とミルクあめのような濃厚な味わいが特長。
行動食として山へ携行するマタギもいるという。
日本バター餅協会事務局=電0186(72)3112

★道の駅あに またたび館
国道105号沿いにあり、熊肉や山菜、キノコ、
バター餅各種などを販売。春は採れたての山菜、秋はキノコ
などが並ぶ。熊の牙や爪などを使った携帯ストラップもある。
マタギが山で使う刃物「ナガサ」も販売している。
電0186(69)2575

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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