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姨捨の棚田

姨捨の棚田 長野県 千曲市 伝説の里は明るい緑

夏の棚田は緑いっぱい。広々として気持ちがいい

夏の棚田は緑いっぱい。広々として気持ちがいい

 青空に一筋の飛行機雲。目の前には見渡す限り緑が広がる。実りの秋を前に、勢いよくまっすぐ、稲の葉っぱが伸びている。ここは長野県千曲市の姨捨(おばすて)の棚田。遠くを見れば、小さな家々と耕地と、その間を蛇行する千曲川が見える。川中島の古戦場もこのあたりだ。さらに遠くには、志賀高原の山々がそびえる。足元では小さなカエルがぴょんぴょん跳ねている。

 「耕して天に至る」といわれる2000枚近い田の中、撮影場所を求めて、あぜ道を上り下りしていると、汗が噴き出し、のどがカラカラになる。昔の人々は、土地の隅々まで水を引き、田を耕し、1粒でも多く米を収穫しようとした。そんな苦労の一端がしのばれる。

 
四十八枚田の真ん中にある田毎観音=長野県千曲市で

四十八枚田の真ん中にある田毎観音

 棚田のうち、やや標高の低いところに、四十八枚田というエリアがある。真ん中に「田毎(たごと)観音」と呼ばれる石仏が座す。古い田の形が残り、1枚1枚の面積が小さい。まさに「猫の額」だ。

 限界まで頑張る米作りの裏側には、「姨捨伝説」がある。口減らしのため、老親を山に捨てにいかなくてはならないという村のおきてだ。小説や映画の「楢山節考(ならやまぶしこう)」でリアルに描かれた。ここには「姨捨山」(正式名称は冠着(かむりき)山)という山があり、鉄道の姨捨駅がある。伝説の本家本元だ。

 一方、そのようなことが実際に行われていたという記録はない。また、この地域に伝承されている物語は「楢山節考」とは異なる。山に置き去りにするところまでは同じだが、ひそかに連れ帰ったおばあさんが知恵を発揮し、村のピンチを救う。そして「老人を大切にしよう」という結びになる。

 
伝説の成り立ちを説明するさらしなの里歴史資料館の翠川泰弘さん。後方の山が姨捨山(冠着山)

伝説の成り立ちを説明するさらしなの里歴史資料館の翠川泰弘さん。後方の山が姨捨山(冠着山)

 真相を解明すべく、棚田の近くにある「さらしなの里歴史資料館」に向かった。千曲市立の施設で、姨捨伝説についても研究し、20分ほどの興味深い映像を見ることができる。学芸員の翠川(みどりかわ)泰弘さんは話す。「棄老伝説は日本各地に数100もあり、アジア各国にもあります。インドから伝来した雑宝蔵経に書かれた話が原点です」

 ではここが伝説の舞台となった理由は何だろう。「おばすてという地名の力が大きいでしょう。街道沿いでもあったため、平安時代にはすでに伝説はこの地のものとして、京都に知られていました。江戸時代には俳人の芭蕉(ばしょう)も来訪し、さらに有名になったのです」と翠川さん。ただし地名の「おばすて」は「オハツセ」という古い地名がなまったものといわれる。いくつかの偶然の重なり合いが、姨捨伝説とこの地を結びつけた。

たくさんの句碑が並ぶ長楽寺

たくさんの句碑が並ぶ長楽寺=いずれも長野県千曲市で

 棚田に隣り合う長楽寺の境内には、芭蕉の句「おもかげや姨ひとりなく月の友」をはじめ、数多くの句碑がある。一帯では毎年、9月中旬に観月祭と全国俳句大会が開かれる。

 最近は、夜景が人気を集めている。千曲市内にある戸倉上山田温泉発のツアーに参加した。姨捨駅と高速道路の姨捨サービスエリアに入場して、善光寺平に広がる街明かりを堪能した。姨捨駅では、長野駅発の電車ツアーの人たちと鉢合わせ。昼間よりもにぎわっていた。

 姨捨伝説の村というと、山深く厳しい環境を想像しがちだが、実際の姨捨は、見晴らしのいい斜面に広がる明るい里だ。来年5月から姨捨駅は、JR東日本の豪華寝台列車「トランスイート四季島」の長野県唯一の停車駅となる。観光の拠点として面目を新たにしそうだ。

 文・写真 吉田薫

(2016年9月2日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
姨捨駅へは、北陸新幹線長野駅から、JR篠ノ井線各駅停車に乗り約30分。
名古屋方面からは特急「しなの」で松本まで。
そこから各駅停車に乗り換え約40分。
しなの鉄道戸倉、千曲、屋代の各駅から千曲市循環バスで姨捨方面に行くこともできる。
車なら、長野自動車道姨捨スマートICからすぐ。

◆問い合わせ
千曲市観光協会=電026(275)1326

おすすめ

国指定天然記念物のアコウ樹

夜景ツアー

★姨捨駅
JR篠ノ井線の駅。
標高547メートル。
スイッチバックが有名。
急勾配に対応するため、ジグザグに線路が設けられ、列車は前進、後退を繰り返して坂を上下する。
ホーム上には、眺望を楽しめるよう、外向きのベンチが設けられている。
駅舎は大正時代に設計されたレトロモダン。

★さらしなの里歴史資料館・古代体験パーク
縄文時代の円光房遺跡の場所に設けられ、復元家屋が並ぶ。
飾り玉作りなどの体験もできる。
姨捨山がよく見える。
入場料大人200円、中学生以下無料。
戸倉駅、姨捨駅などから、本数は少ないが千曲市循環バスがある。
電026(276)7511

★夜景ツアー
戸倉上山田温泉から、毎週金曜日、土曜日の夜、4人以上集まった場合に催行。
地元のみそ蔵に立ち寄り漬物を味わえる。
所要90分。
一般2000円。
みそと絵はがきのお土産つき。
予約は千曲市観光協会=電026(275)1326。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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