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天王寺かいわい

天王寺かいわい 大阪市 歴史、人情溶け合う街

そぞろ歩きの人々でにぎわうジャンジャン横丁=大阪市浪速区で

そぞろ歩きの人々でにぎわうジャンジャン横丁=大阪市浪速区で

 「串カツ、もう食べましたかあ」。通天閣の足元、「新世界」は、串カツ激戦地に変貌していた。どうぞこちらへ、と盛んに声が掛かる。元パチンコ店だった店もあるといい、なるほど大きな店が目立つわけだ。

 すぐそばのジャンジャン横丁は200歩ばかりの通りだが、ここにも老舗を含め、小ぶりな串カツ店が新旧10店ほどもある。

 結局、串カツでなく、ミックスサンドと濃いコーヒーでひと休みした。横丁にある創業70年の喫茶「ニューワールド」。パンクロッカーを経て芥川賞作家の町田康(こう)さん(55)が若いころアルバイトをしていた店だ。

 町田さんのエッセー集「つるつるの壺(つぼ)」には店のそばの将棋クラブの情景がちらっと出てくるが、今も健在。大ガラス越しに道から熱心に観戦中のおじさんがいた。腕自慢に違いない。尋ねてみると、にっこり笑って「将棋? わし? やらへん」。ええっ? なのにおじさん、半時間後に通るとまだ見ていた。

一心寺のお堂にまつられた骨仏。10年ごとにざっと15万体の遺骨で造り、現在7体ある=大阪市天王寺区逢阪で

一心寺のお堂にまつられた骨仏。10年ごとにざっと15万体の遺骨で造り、現在7体ある=大阪市天王寺区逢阪で

 そもそもこの日は、四天王寺から歩きだした。お寺ができた1400年も前ならば、西側はそこまで海で、入り日の名所だったそうな。ビルや家が立ち、海が退いた今はもう、光る水辺を想像するしかない。

 四天王寺は台地にあり、かつて崖だった坂を下る。大昔なら波音が聞こえただろうか。坂の途中に骨仏で有名な一心寺がある。明治以後、みなが託した遺骨を一つにし、10年ごとに仏像を造ってきた。お堂におわす骨仏を見やり、「ほら、あれ、おばあちゃんやで。守ってくださいってお願いしよ」とおじいさんが小さな子に言っている。400年前の大坂夏の陣で討たれた本多忠朝の墓もある。いわく、酒で不覚を取った過去を悔い、死して後、酒に悩む人の断酒祈願を救うという。真剣に祈る人がいた。女の人だった。

 
真田幸村の戦死の地と伝わる安居神社=大阪市天王寺区逢阪で

真田幸村の戦死の地と伝わる安居神社=大阪市天王寺区逢阪で

 向かいにあるのが安居(やすい)神社。夏の陣の真田幸村の戦死の地の碑がある。「大河ドラマや戦国ゲームの影響で、いらっしゃる方が増えました。台湾からもみえます」と中島一熈(かずひろ)宮司(75)。

 この一帯は、上方落語「天神山」の舞台でもある。“変ちきの源助”なる変わり者が、みなが花見としゃれ込む春に「そんなら、わしは墓見に行こか」と一心寺を訪ね、不思議な物を拾ってくる。うらやんだ長屋で隣の安兵衛が、まねてやって来るのがこの辺り。奇想の果てに親子の情味を醸す噺(はなし)で、その舞台を訪ねた後、私はひとり新世界へと坂を下りて行った次第。

 ジャンジャン横丁から道を渡りアーケードを進めば、日雇い労働で国を支えた人たちの通称・釜ケ崎(あいりん地域)や飛田新地の遊郭跡の方向だが、今回は半ばで折り返す。途中、以前取材した詩人の上田假奈代さん(47)とばったり。商店街で仲間とゲストハウス「ココルーム」をやっている。「今からみんなでごはん。食べてく?」と優しい。カレーだ。後ろ髪を引かれる。

 アーケードを出ると、とっぷり暮れて雨だった。台地を上り返して「あべのハルカス」へ。展望台の入場料におののいた(1500円)。60階からは全てがはるか眼下だった。光の川が幾筋も流れているみたいで、通天閣が小さく浮いている。漆黒の一角は天王寺動物園だな。クォークォーと、うれしいのか悲しいのか叫ぶように鳴いていた夕暮れの鳥は寝たかな。170円のうどんをすすっていた新世界の兄ちゃんも「なるようになるよ」と話していた母に似たおばちゃんも、ここから見えない光のどこかにいるのだろう。

 文・写真 三田村泰和

(2017年3月3日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
通天閣や新世界へは、新大阪駅から地下鉄御堂筋線で動物園前下車。
1駅先の天王寺下車で、あべのハルカスの直下に出られる。
四天王寺は徒歩約10分。

◆問い合わせ
大阪ビジターズインフォメーションセンター・難波=電06(6631)9100

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四天王寺

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ゲストハウス「ココルーム」

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★四天王寺
593年に聖徳太子が建立。
五重の宝塔は戦火や天災で何度も倒れ現在8代目。
1959年に鉄骨鉄筋コンクリートで建てられた。
高さ39メートル。

★てんのじ村記念碑・上方演芸発祥之地
大阪市西成区山王。一帯にはかつて下積みの芸人が集住したという。
小説「てんのじ村」(1984年に直木賞)に難波利三さんは「明治以前から、あらゆる種類の芸人達が集まってきて住みついており、別名、芸人長屋、芸人横丁といわれていた」と書いた。
碑は柵で囲まれて近寄れない。

★ゲストハウス「ココルーム」
大阪市西成区太子2。
釜ケ崎芸術大学と称し、地元の“おっちゃんたち”と学び合う上田假奈代さんらのNPO法人が、活動費を稼ぎ出そうと始めた宿泊施設。
10室35ベッドあり、シングル3500円、相部屋2500円など。
「まかないご飯」も希望で可。
電06(6636)1612

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