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尾道

尾道 広島県 眼下の眺め 懐かしく

千光寺山の展望台から見る尾道水道

千光寺山の展望台から見る尾道水道

 その景色をずっと見ていたくて、立ち去りがたい場所というのがある。広島県尾道市の千光寺山(144メートル)は、そんな場所だ。眼下に見える箱庭のような尾道の街、その向こうに向島、間の尾道水道を船が行き交う。初めて訪れた場所なのになぜか懐かしい気がする。

 「いい眺めだなあ」。心までゆったりとしてきて、思わずつぶやいてしまう。

 かつて名画座で見た小津安二郎監督の映画「東京物語」(1953年)にこんな場面がある。

 東京に暮らす子供たちを訪ね、尾道から夫婦で上京した老父役の笠智衆が、今は東京に住む知人を訪ねる。懐かしい尾道の思い出話に花を咲かせた後、知人の細君がしみじみと思い出したように言う。「ええとこでしたなあ。千光寺に上ると眺めがようてねえ」

 この映画では、確か冒頭と最後の方で尾道水道が映し出される。なぜか懐かしい気がしてしまうのは、そういう記憶があるからか。

 特に映画の終わりの方で登場する尾道水道の場面は、印象的だ。東京から帰って数日後、妻が急死する。息を引き取った朝、笠智衆は一人、家の近くから尾道水道の夜明けを眺めている。そして呼びに来た義理の娘役の原節子に、ひとり言をつぶやくように言うのだ。「ああ、きれいな夜明けだった。今日も暑うなるぞお」

 人の死。そしてまるで何事もなかったかのように、いつもの朝がまたやって来る。景色を見ながらそんな映画の場面を思い出していた。

自然石の文学碑がある千光寺山の文学のこみち

自然石の文学碑がある千光寺山の文学のこみち

 千光寺山の展望台にはロープウエーに乗ると数分で上れる。帰りは樹林の木陰が気持ちの良い散歩道「文学のこみち」を下り、千光寺にお参りした。こみちには、尾道ゆかりの文人たちの詩歌や小説の一節を自然石に刻んだ文学碑が25カ所もあり、これをたどりながら歩いていくと、いつのまにか千光寺の境内に着いてしまう。

 街へ下りる千光寺道の階段からは海が見え、両側には趣のある古い家が立ち並んでいる。「この辺りはとても景色がいいので、かつては豪商たちの別荘が多かった所なんですよ」。観光ボランティアガイドの津山君恵さん(69)が説明してくれる。ただ、階段を上り下りしなければならないので、今は空き家が多くなっているそうだ。

 尾道には、ゆかりのある文学者も多い。千光寺山の中腹には小説家志賀直哉(1883~1971年)の旧居がある。3軒の小さな棟割り住宅の一番奥、部屋は六畳と三畳に台所というつつましいものだ。ここからは、「暗夜行路」で描かれた「景色はいい処(ところ)だった。寝ころんでいて色々な物が見えた」ではじまるその風景そのままに、尾道水道の向こうに造船所や山の中腹の石切り場跡が見える。

尾道本通りの入り口にある林芙美子の像=いずれも広島県尾道市で

尾道本通りの入り口にある林芙美子の像=いずれも広島県尾道市で

 千光寺道から長い商店街が続く尾道本通りに抜け、尾道駅の方へしばらく歩くと、「放浪記」で知られる小説家林芙美子(1903~51年)の記念館があった。旅商いの両親と各地を転々としていた芙美子が尾道にやって来た1916(大正5)年、13歳の時から女学校1年生まで、一家が間借りしていた住居が「林芙美子の部屋」として保存されている。

 「海が見えた 海が見える 5年振りに見る 尾道の海は なつかしい」。尾道本通りの入り口には、「放浪記」の一節が刻まれた碑と、しゃがんでぼんやりと海の方を見る芙美子の像があった。

 文・写真 橋本節夫

(2018年5月18日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
尾道駅へはJR山陽新幹線・新尾道駅から尾道駅前行きバスで約15分。
千光寺山ロープウェイ山麓駅は、尾道駅から東行きバスで長江口下車、徒歩1分。

◆問い合わせ
尾道観光協会=電0848(36)5495

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尾道港から期間限定で運航。
次の運航期間は7月14日から10月27日までの土日祝日(1日3便)。
7月28日は運休。
約50分で尾道造船付近まで往復。
建造中の巨大な船を間近に見たり、千光寺や尾道の街並みを海から眺めたりすることができる。
中学生以上1500円、小学生750円。
瀬戸内クルージング=電0848(36)6113

★大久野島
周囲約4キロの小さな島に700匹以上の野生のウサギがいる。
戦争中、毒ガス工場があったことから地図から消された島といわれたが、今は国立公園になっている。
竹原市の忠海港から船で約15分。
竹原市観光協会=電0846(22)4331

★呉市豊町・御手洗町並み保存地区
江戸時代、風待ちや潮待ちの港町として栄えた御手洗の古い町並みが今も残る。
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