道が、真っ二つに海を貫く。本州の西の端、山口県下関市の角島(つのしま)大橋。海を割り、エジプトから人々を率いて逃れた、旧約聖書のモーセを持ち出すのは大げさか。ただ、眼前の光景はそう例えたくなるほどだった。
響灘(ひびきなだ)に浮かぶ角島は、人口700人余の小さな島。「本土」につながる大橋は2000年に開通した。テレビCM、特に自動車のCMロケで扱われ、人気スポットになったのはまだここ数年のこと。昨年の流行語大賞になった「インスタ映え」のような、すてきな写真にあこがれて訪れる人が、ぐっと増えた。
そんな1人として足を運んだ9月中旬、天候不順の日が続き、空は雲に覆われていた。まずは大橋を眺めるのに最適で、1番の写真スポットになっている本土側の海士(あま)ケ瀬公園から、島を望む。橋が竜のようにヌッと延びる。なかなか目にしたことがない光景に、曇天ながらも「おっ」と思わず声が出た。海を割るような大橋の姿は、公園そばの丘の上から楽しめる。
そして、いざ渡橋。幸い対向車すらいない。窓から入ってくる海風が、そっと頬をなでる。片側1車線の道幅は6.5メートルしかないので、両側の海面をすぐ間近に感じられる。勾配を上る場所では、海の上を行くジェットコースターのような感覚。橋の長さは1780メートルだから、車をゆっくり走らせれば、渡りきるまでの心地よい時間を3、4分ほど味わえる。
島の西端、1876(明治9)年築の角島灯台は、もう1つの「島の顔」。政府が英国から招き、「日本灯台の父」と呼ばれる技師R・H・ブラントンの傑作とされ、今もなお現役だそうだ。105段続くらせん階段は、どこかイタリアやフランスの教会を思い出させる。息を切らせながら上っていくと、下りてくる男性から「あとここから、まだ半分。でも絶景ですよ」と声を掛けられた。山道の登山者のようなやりとりは、体を壁にくっつけないと擦れ違えないほどの狭さならでは、と言える。
踊り場まで上って見た日本海のパノラマは、これまた息をのむ。写真撮影を楽しんでいた福岡県八女市の男性(61)は、山口県で働く息子に会うのに合わせ、妻と3人で訪れたという。「晴天でコバルトブルーの海が見られたら最高だけど、これでも十分満足」。感じていたことをそのまま代弁してくれた。
昼食は、島のほぼ真ん中にある「しおかぜの里」で取ることに。角島漁協の婦人部の女性たちが切り盛りしているのだという。頼んだのは、島で水揚げした新鮮な刺し身やサザエのつぼ焼き、ウニなどが満載の「しおかぜ御膳」。笑みがこぼれ、やはり旅の楽しみが「花より団子」のわが身を再確認する。
同じ敷地の観光案内所で自転車が借りられる。ポツポツと落ちてきた雨粒に乗るのは諦めたが、島の西半分の平たんなコースは1時間半で回れるそうだ。
大橋から長門市側に20キロほど行くと、断崖に朱色の鳥居が連なる元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社がある。同じ絶景スポットとして角島とセットで、全国どころか海外からも観光客が押し寄せるように。案内所の林博幸さん(71)は「大型連休など繁忙期は、橋を渡って帰宅するのに2時間以上かかることもあるよ」。
一方で雨天の平日は、ぐっと観光客が減るという。夏の喧騒(けんそう)が遠くなった、季節外れの海。ボーッと過ごせる静かな時間をくれたのならば、すぐれぬ天候も悪くはない。
文・写真 鈴木智重
(2018年10月5日 夕刊)
メモ
◆交通
角島大橋はJR山陰線特牛(こっとい)駅から路線バスで約15分、灯台公園前までは約30分。
タクシーでは阿川駅から約15分。
特牛駅へは山陽新幹線・新下関駅から1時間半から2時間ほど。
元乃隅稲成神社へは山陰線長門古市駅からタクシーで約20分。
◆問い合わせ
山口県観光連盟=電083(924)0462
おすすめ
★角島のレンタサイクル
一般向けの島西側の「夢崎コース」に対し、東側を巡る「牧崎コース」は高低差があるため若者向け。
自転車は2時間で200円、子ども用は100円。
電動自転車は大人のみで2時間410円。
角島サイクルポート=電083(786)2160
★道の駅北浦街道豊北(ほうほく)
角島大橋を望む美しい風景が自慢で、新鮮な水産物を買ったり食べたりできる。
世界的な旅行サイトが口コミで選ぶ「行ってよかった道の駅ランキング」で2016年、全国で1000カ所以上ある道の駅の中から1位に。
ランキングの名称が変わった18年も再び1位に選ばれた。
電083(786)0234
★元乃隅稲成神社
日本海に向かって123基の鳥居がずらりと連なる。
2015年に米国の放送局CNNが「日本の最も美しい場所31選」の中で紹介したことで、一気に知名度がアップ、観光客が激増した。