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モラエスの足跡

モラエスの足跡 徳島市 生への追慕と眉山の緑

 

モラエスも見上げた瑞巌寺のイチョウの大木。今ごろは色づいているだろう=いずれも徳島市で

モラエスも見上げた瑞巌寺のイチョウの大木。今ごろは色づいているだろう=いずれも徳島市で

 大工町に八百屋町…人の営みが町名に残る土地は歩くだけで楽しい。徳島市のシンボル、眉山(びざん)に向かってJR徳島駅から大通りをぶらぶら進み、新町橋を渡る。晩年のモラエスもこんなふうに歩いただろうか。

 1854年、ポルトガル・リスボンで生まれたヴェンセスラウ・デ・モラエスは、海軍士官としてモザンビークやマカオなど世界の海を巡った後、99年から領事として神戸市に駐在。芸者の福本ヨネと知り合って12年共に生活し、ヨネが38歳のときに病で亡くなると、公職をすべて辞し、彼女の故郷、徳島へ。75歳で亡くなるまで16年、質素に暮らした。

ヴェンセスラウ・デ・モラエス(徳島県立文学書道館所蔵)

ヴェンセスラウ・デ・モラエス(徳島県立文学書道館所蔵)

 故国の新聞社に請われるなどしてエッセーを書いて送り、東洋の国、日本への関心を高めて話題となったが、モラエスは徳島で何を告げるでもなかった。ただ散歩が日課だった。その足跡をたどりたくなった。

 「緑、緑、緑一色!…」。モラエスは徳島の最初の印象を作品「徳島の盆踊り」(岡村多希子訳)にこう書いた。江戸時代、藍の生産で富を築いた徳島は、川を利用した舟運も発達し、モラエスも最初の徳島入りは舟だった。渡る風に眉山の緑。これは今も変わらない。

 山裾の東、城下時代に下級武士が住んでいた伊賀町で、四軒長屋の南端に住んだ。雪見灯籠を据え、好きな草花を植えて小さな庭の手入れに専心した。

 「1、2度父に連れられて家に行ったことがあります。ひげが伸びてパッとしない感じで。そんなえらい人とは知らなかった」。近所の岩本寿美さん(95)の記憶。身長180センチ以上と大柄でひげもじゃ。「とーじんさん」と呼ばれドイツのスパイと疑われもした。妙な外国人だったろう。やさしく頭をなでてもらった子や、びっくりして逃げた子もいた。銀行員だった父親の岩本朋三郎さんは何かと面倒を見ていた。

モラエスの著書。徳島市中央公民館内の「モラエス展示場」で紹介されている

モラエスの著書。徳島市中央公民館内の「モラエス展示場」で紹介されている

 10分ほど北に行けば、ヨネのお墓を建てた潮音寺。黒ずんだ墓石も交じる墓地は早朝、虫の声や鳥のさえずりだけが聞こえる。モラエスは欠かさず寄っていた。日々のあれこれを語らったのだろうか。今はモラエスと、ヨネの姪(めい)コハルの墓も並ぶ。一帯は、23の寺が集中する寺町。徳島藩祖蜂須賀家政の号令で、各宗派の寺を統制するために集められた。「徳島は何よりもまず、神々の町、仏の町、死者の町である」とモラエスは書いた。葬儀、戒名、墓参、お盆…日本の死者との付き合い方を興味深そうに紹介した。

地蔵院東海寺のモラエスの仏壇。モラエス、ヨネ、コハルの位牌(いはい)が据えられている

地蔵院東海寺のモラエスの仏壇。モラエス、ヨネ、コハルの位牌(いはい)が据えられている

 徳島日本ポルトガル協会理事で市の観光ガイドボランティアの近藤文子さん(74)の案内で、郊外にある地蔵院東海寺も訪ねた。急坂で、源義経が通行にてこずったといわれのある古刹(こさつ)。先々代の住職が、ヨネの月命日にお経をあげていた尼僧から引き継いだモラエスの仏壇が置かれている。現住職の鷲野良文さん(49)は、9年前に高校の数学教師をやめて後を継いだ。「責任もってお預かりします」

 過ぎ去った人や出来事への「追慕の念」に身を置くため徳島に来たとモラエスは記した。「零」の立場で「精神的自殺」をはかった、と。今、人を生産性という言葉で語る政治家らがいるが、生きる事情はもっと複雑で、ふくよかだと思う。

 それを受け止めたのは徳島の町だった。

(2018年11月9日 夕刊)

メモ

地図

◆交通
徳島市へはJR山陽新幹線・岡山駅で下車し、特急乗り継ぎで2時間強。
高速バスは新神戸駅前から約2時間半。
飛行機は羽田空港から徳島阿波おどり空港まで1時間15分、バスで約30分。

◆問い合わせ
徳島市経済部観光課=電088(621)5232

おすすめ

ふやきせんべい=写真手前(右)

ふやきせんべい=写真手前(右)
瑞巌寺の「鳳翔水」

瑞巌寺の「鳳翔水」

★和菓子
和三盆の産地でもある徳島県。丁寧な手作業のたまものだ。
甘い物が好きだったモラエスは和菓子を楽しんだ。
徳島市の老舗「日の出楼」に立ち寄ったのは3代前の時。
もち米の軽いせんべいに、ほんのり甘みをつけた、ふやきせんべいや羊羹(ようかん)などを買っていった。
ワカメを練り込んだ羊羹や、藍で色付けした干菓子など特産品を用いたお菓子も同店にある。
菊の紋様が素朴な「滝の焼餅(やきもち)」もモラエスの好物で、市内の「和田の屋」などで食べられる。

★水
モラエスは「水売りがいる」とおもしろがって書いた。
眉山の恩恵、わき水を売りに来る人たちがいたのである。
徳島は吉野川の本支流が流れる水の町だが、井戸水に海水が混じりがちだったという。
今も、市民らがくみに来るわき水が数カ所ある。
市内で喫茶店を営む乃村良枝さん(56)は瑞巌寺の「鳳翔水」をくみに来て、「まろやかなコーヒーが入ります。父の代から欠かせません」と話した。

※掲載された文章および写真、住所などは取材時のものです。あらかじめご了承ください。

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