幕末に本因坊 囲碁が『市技』
子どものころ「宝島」を読み、海賊にあこがれ、胸躍らせた。大海原をゆく帆船や海賊たちの勇姿を空想しながら眠りに就いたものだ。
日本の海賊といえば瀬戸内の村上水軍がいる。平安末期から戦国時代まで瀬戸内海の水運を支配した。特に能島、因島、来島を拠点に活躍した村上三家は後世に名をとどめる。その一つ、因島を訪ねた。
因島は戦後の造船景気で潤ったが、昭和60年代からの造船不況で地盤沈下。日立造船の大合理化で一時は数千人もの離職者を出し、かつて4万人を超えた旧因島市の人口は現在2万8千人を下回り、今年1月10日、尾道市と合併。15万都市に仲間入りした。
大型船のドックが並ぶ土生(はぶ)港かいわいを歩くと、造船会社や商店の看板が「尾道市因島…」と書き換えられ、ペンキの跡も真新しい。総合支所となった旧市役所を訪ねると、「例年なら梅の花が咲いているんですがねぇ」と、産業振興課の宮地俊広さんが浮かない顔だ。
年間平均気温15、6度という温暖な島も、この日は風花が舞う。土生港を一望できる因島公園では桜の小さな芽が寒風に震えていた。同公園の桜は約千本といわれ、毎年3月中旬から4月上旬が見ごろだが、今年は開花も遅れそうだ。
花といえば島の北西部にある因島フラワーセンターがお勧めだ。季節に関係なく珍しい熱帯植物を楽しめる温室には、幾種類もの洋ランやブーゲンビリアなどが彩りを添えていた。
同センター北の白滝山は360度のパノラマが楽しめるというので胸突き八丁を登った。高さ約200メートルの山頂には五百羅漢など約700体の石仏が並ぶ。眺めは素晴らしく遠く四国まで見渡せた。春うららの日差しさえあれば、島の間を縫うようにのんびりと航行する船を日がな一日眺めていられるのに…。




















