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中原中也記念館 山口市 風が運ぶ詩人の魂

それぞれの中也に会いたい、と訪れる人が多い中原中也記念館。入り口には詩集などで有名なポートレート=いずれも山口市湯田温泉で

それぞれの中也に会いたい、と訪れる人が多い中原中也記念館。入り口には詩集などで有名なポートレート=いずれも山口市湯田温泉で

高校生のころ、国語の教科書に中原中也の詩が載っていた。

「秋の夜は、はるかの彼方(かなた)に、/小石ばかりの、河原があって、/それに陽は、さらさらと/さらさらと射しているのでありました。」(一つのメルヘン)

どういう弾みからだったか、教壇の教師は授業を中断、顔を真っ赤にして漢詩を吟じ始めた。30数年前の高校生とて詩吟ブームがあったはずもないが、教室は夜なのに日がさしている難解な詩の解釈から解放されどっとわいた。ただ、中也の詩の不可解な魅力とでも言えばいいのか、解けない謎のような美しさはその後も残った。

「あゝ おまへはなにをして来たのだと……/吹き来る風が私に云う」(帰郷)

「中也に吹いた風に吹かれてみたい、とおいでになる方は多いのですよ」。山陽新幹線を新山口で降り、JR山口線に乗り換え6つ目の湯田温泉駅。中原中也記念館の福田百合子館長に迎えられた。

中也は1907(明治40)年、ここで生まれた。旧制山口中学を落第し、世間体を気にした開業医の父の勧めで京都の立命館中学へ編入。16歳だった。2年後に上京し、30歳で鎌倉で死んだ。生家の中原医院は72(昭和47)年に焼失。94年、跡地に記念館が建てられた。

入り口に、あの「お釜帽子」をかぶった写真。「友情-君と僕との命はかゞり」をテーマに来年2月まで常設展が開催されている。「好敵手として」小林秀雄、「亡き友を追い求めて」大岡昇平らとの交流を伝える資料に、一人旅の青年と3人連れの女性グループが見入っていた。

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