そうこうするうち、レストランマネジャーが夕食の時間を聞きにきた。オリエント急行は、調度品の豪華さや至れり尽くせりのもてなしもそうだが、やはり食事が一番楽しみ。3両ある食堂車は優美な寄せ木細工、ルネ・ラリックのガラスパネル、中国風のペイントと、それぞれ内装が異なり、好みの雰囲気の車両を選ぶことができる。
乗客も夕食時には正装し、男性がタキシード、女性はイブニングドレスが基本だ。慣れないながらドレスに着替えると、淑女気取りで心も浮き立つ。そしてまず、バー車両で食前酒を。ピアノの生演奏が流れる中、オリジナルカクテル「アガサ」を注文した。「オリエント急行殺人事件」を執筆し、この列車を愛したアガサ・クリスティにちなんだカクテルだから、ファンの一人として前から決めていた。赤と黄の対比が美しくさっぱりとした味だった。
食堂車では、メーンダイニングを取り仕切るフランコさんが、いすを引いて座らせてくれる。メニューは前菜がマグロのカルパッチョ。メーンはフォアグラのせカモの胸肉のロースト、アーティーチョークのソテー、チーズ・セレクション。デザートはホワイトチョコレートのクレープ。一皿ずつ運んでくれる料理はどれも美しく、おいしい。カモの上のフォアグラは私の親指より大きいサイズがいくつものっている。ぜいたくな味わいに、思わずため息。少し量が多いが、残してはもったいない。
客室に戻ると、ソファは二段ベッドに変わっていた。毛布にくるまると、レールの響きを気にする間もなく寝入ってしまった。
翌朝、クロワッサンやコーヒー、カットフルーツなどの朝食を楽しむうち、車窓に通勤する車の列、都会の街並みが見え、私の降りる駅に近づくのが分かる。午前8時23分。定刻通りに、パリ東駅に到着。ベネチアから1282キロ。少し背伸びした夢の旅だった。
文・写真 岩下理花
(2007年7月6日 夕刊)





















