日本最初の官営製糸場が群馬県富岡に造られたのは明治5(1872)年。その「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産の有力な候補として注目を集めている。上州名物は「かかあ天下に空っ風」だけではない。かつて群馬は「桑の海 製糸の煙 機の音」とうたわれた土地柄なのである。
交通の要地である高崎から電車で30分ほど。富岡製糸場は富岡市の町中にほぼ創設当時のまま残る。今年1月に文化庁で「富士山」などと世界文化遺産暫定リストに追加された。日本の近代化の原動力になった貴重な遺産で、昭和62(1987)年に操業を終えた。
正面玄関に入って目の前の東繭倉庫のどっしりした姿にまず圧倒される。木の骨組みのれんが造り。長さは100メートルを超える。フランス積みというれんがの組み方で、明治のハイカラな建築美にあふれている。国の重要文化財。西繭倉庫、練糸場、フランス人のお抱え技官、ポール・ブリューナ館などの建築群や下水溝なども重文に指定され、奈良京都の社寺にも負けない史跡群だ。全体の広さは東京ドームの約四倍とか。
暫定リストに入って以来、知名度もアップ、見学希望者がどんどん増えた。4月から有料化し、平日でも1日千人が訪れている。文化財ファン、建築関係者、そして学生が多い。
「なにしろ日本の産業革命のシンボルです」と群馬県世界遺産推進室の土屋真志さん。「百数十年前、まだ江戸の名残が強く残る明治の初めに、近代化そのものを目の当たりにした当時の人たちの驚きや誇りをじかに感じ取ってほしい」と話す。“産業遺産”としては、海外ではイギリスのアイアンブリッジなどが登録され、珍しくないという。
群馬県は繭の収量と生糸の生産量がそれぞれ全国の44%、43%(平成15年)の蚕糸王国だ。蚕は一頭、二頭と勘定する。「馬が死んで蚕になった」という言い伝えがあるからだ、とも。そして今でも「お蚕さま」の呼び名さえ聞かれる、と土屋さん。だが、繭生産は40数年前に比べて百分の一以下に激減。「田んぼ以外は桑畑」だった、まさに「桑の海」が列車の窓から手が届くほどだったが、今はまばら。移動中の眺めがやはり寂しい。





















