「何でこんなところに駅が」-。目の前に広がる光景に、つぶやかずにはいられない。四国を縦断するJR土讃線の坪尻駅(徳島県三好市)。四方を山に囲まれた谷底にあり、到達手段はうっそうとした木々が生い茂る、けもの道だけ。テレビ番組やインターネット上で紹介され、鉄道ファンの間で話題となっている秘境の駅は、外界の喧騒(けんそう)をよそに、ひっそりとたたずんでいた。
岡山駅(岡山県)を出発し、瀬戸大橋を超えて香川県に入った特急「南風」は、多度津駅を過ぎると瀬戸内海に別れを告げてグイッと南へカーブ。瓦屋根の農家屋敷が点在する平野を抜け、千メートル級の山々が連なる阿讃山脈に分け入っていく。琴平駅で一両編成の普通に乗り換え、徳島県境の長いトンネルを抜けるとすぐに、その駅が姿を現した。
四国に2カ所だけ残るスイッチバック式。いったん駅を通過した列車は約二百メートル先の引き込み線に停車してから、ゆっくりと戻ってくる。通過中、短いホームと木造平屋の駅舎が背景の山肌の色になじみ、駅かどうか、すぐには分からなかった。「何もないですが、本当に降りるんですね」。車掌さんが親切に声を掛けてくれた。列車が走り去ると、静寂だけが残った。
見渡すと、色づき始めた山々がすぐそばまでせり出している。駅前の草地には、背の高いヤシと白い花を付けた木が一本ずつ。荒れ放題の廃屋が一軒あるほかは、本当に何もない。耳を澄ますと、鳥のさえずりと水の音が聞こえてきた。近くに滝があるようだ。自分のほかに誰もいないという確信。不思議と、寂しさはない。じんわりとした解放感がこみ上げてくる。無人島を目指す人の境地とはこういうものなのかもしれない。
駅舎内には歴代の訪問者が思いを書き連ねたノートがあった。2003年7月から通算で九冊目になる。大分、埼玉、宮城…。全国各地の鉄道ファンたちが苦労してこの地にたどり着き、思い思いの時間を過ごして帰って行くさまが浮かび上がってきて楽しい。「日々うるさい中で生活しているので、日の落ちた山中の駅で自分だけの時間が過ぎていくことに幸せを感じる」。東京から来た男性会社員の言葉に、この駅が愛される理由が凝縮されていた。




















