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【富山】歴史公園整備に期待 山城『増山城跡』が国史跡に

ジャンル・エリア : 富山  2009年05月25日

主郭だった二ノ丸と安室屋敷の間には大規模な空堀も施されていた=砺波市増山で

主郭だった二ノ丸と安室屋敷の間には大規模な空堀も施されていた=砺波市増山で

城下町遺構発掘にも拍車

 戦国ロマンの宝庫、砺波市増山の「増山城跡」が国史跡となる。五月中旬、文化審議会が文部科学相に答申した。指定されれば、案内施設や資料館、散策路など「歴史探訪公園」として整備が進むと期待されている。(鷹島荘一郎)

 
 増山城は、戦国期から安土桃山時代の北陸地方での覇権形成に重要な役割を果たした。県内に残る約四百の城館の中でも最大規模を誇る上、江戸時代には一帯が加賀藩有林となるなど開発がほとんど手付かずで保存状態が良かったことが評価された。事前調査や景観維持のため市民ボランティアが協力し、今後の活動が望めることも加味されたとみられる。

資料館など構想

 県内では安田城跡(富山市婦中町)に次いで城跡では二件目となるが、山城の国史跡は初。現地調査にも加わった仁木宏大阪市立大大学院教授(日本中世史)は「滋賀県では既に十以上の山城が史跡に指定されている。将来は各地の山城を『のろしリレー』で結ぶのも面白い」と喜ぶ。

増山杉が茂る城跡(中)。中央左の増山大橋の下部には城下町土塁跡も=南側から望んだ航空写真(砺波市教委提供)

増山杉が茂る城跡(中)。中央左の増山大橋の下部には城下町土塁跡も=南側から望んだ航空写真(砺波市教委提供)

 同じく城郭研究家でとやま歴史的環境づくり研究会代表の高岡徹さん(富山市新屋)は、増山城を核とした歴史公園「となみ中世の森」構想を描く。城跡をめぐる歴史探訪コースで生きた中世を体感。公園管理施設は資料館を兼ね、増山城の特異性や越中の山河を駆けた戦国武将の足跡などを紹介する拠点とする。

地域住民ら活躍

 答申まで至るには、増山地区の住民や民俗関係の市民ボランティアらの協力も欠かせなかった。宮野秀一増山自治会長は「地域の宝として毎年春と夏、遊歩道の草刈りや倒木の除去などに努めている。保全のため何が必要かなど全国の山城も視察してきた」と振り返る。

 昭和六十年代から城跡の縄張り測量などに協力した「土蔵の会」の尾田武雄代表は、「市民ぐるみの支援態勢が必要。前田利家の娘婿で増山城代を務めた加賀藩の茶人中川宗半をしのんで山頂(一二〇メートル)で野だてを開くなど、ソフト面の充実も図りたい」という。

 今後、主郭だった二ノ丸跡や、ふもとの城下町跡など新たな発掘にも拍車がかかるとみられる。仁木教授は「中世の城下町の遺構は全国的にも珍しく、大いに期待できる」と話している。

 ▼増山城  松倉城(魚津市)、守山城(高岡市)とともに越中三大山城と称され、守りの要として上杉謙信や神保長職(ながもと)、佐々成政、前田利家ら群雄割拠の舞台となった。1615(元和元)年の一国一城令で廃城となるまで250年の歴史を刻んだ。城郭の跡は約60ヘクタールと広大。

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