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【岐阜】亡き妻思う左手の書 田沢さん、右半身まひから復活

ジャンル・エリア : 岐阜  2010年04月27日

利き手と逆の左手で筆を握り、右手を添えながら字をしたためる田沢豊和さん=可児市緑ケ丘で

利き手と逆の左手で筆を握り、右手を添えながら字をしたためる田沢豊和さん=可児市緑ケ丘で

 脳こうそくで右半身がまひした後、利き手と逆の左手に筆を持ちかえ、書の道を歩む男性がいる。可児市の田沢豊和さん(80)。慣れない左手で、ひたすら書き続ける。書は、亡き妻と田沢さんを結んだ赤い糸でもある。

 
 書と縁がなかった田沢さんが筆を握ったのは、27年前に50歳で病気で亡くなった妻宮子さんとの出会いがきっかけ。広島市出身の田沢さんは20代のころ、大阪の紡績会社で勤務。親族の勧めで宮子さんと見合いしたが、気乗りせず断るつもりだった。だが宮子さんからの手紙の流麗な文字に「すごい。よくこんな字書くなあ」。文字にほれた。

 自身が書く返事のつたない文字に恥じ入り、書道教室に通いだし、書の魅力を知った。結婚後も書き続け、師範の免許を取得。転勤した愛知県岩倉市では、勤めの傍ら教室で子どもたちに教えた。

 平穏な生活が一変したのは53歳の時。会社の机でうたた寝の最中、突然倒れた。気が付くと病院。脳こうそくで右半身を動かせず、言葉が出しづらくなった。さらに病院でリハビリ中、長女から電話で知らされたのは、病気で入院していた妻の悲報だった。

 仕事も妻も失った。長男が建てた可児市内の住宅で一人暮らし。失意の底で浮かんだのは「書かなきゃいかん」という一心。妻と自身を結ぶきっかけになった書だけは手放したくなかった。筆を左手に持ちかえて書いてみた。よれよれだった。「最初は小学1年生の字」。あきらめずに一宮市の教室に通い続け、3年で以前の師範に返り咲いた。

30日まで開かれている作品展=可児市の春里郵便局で

30日まで開かれている作品展=可児市の春里郵便局で

 今は自宅で2人の生徒を教え、作品を病院などに展示する。生徒の一人で可児市の渡辺洋子さん(53)は「先生は努力の人。普通はすぐ投げ出すのに」。書をやめたいと思ったことがない田沢さんは「ほかのもんがどう言うかしらんが楽しいなあ」。

 紙に向かい、左手で筆を握る。動かない右手を、そっと添えた。1文字ごとに半紙と文鎮をずらし、時間をかけてしたためる。ふと出来上がった作品を脇に置いた。「今のはいかん」。少年のように照れて笑った。

 可児市の春里郵便局で、田沢さんの作品展が開かれている。30日まで。

 (島将之)

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