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【静岡】犬居城の武田側が要塞化 浜松市が調査結果発表

ジャンル・エリア : 静岡  2010年12月10日

 戦国時代に徳川、武田の両氏が攻防を繰り広げた犬居城跡と堀之内城山城跡(いずれも浜松市天竜区春野町)について、浜松市は9日、発掘調査の結果を発表した。犬居城では武田側が堅固な堀を造って対抗し、堀之内城山城では徳川家康が犬居城攻めに使った可能性が高まった。 (後藤隆行)

 
 いずれも山城で本格的な調査は初めて。堀之内城山城は地元でもあまり知られていないが、家康は犬居城の奪取で遠江国支配に弾みをつけており、注目度が高まりそうだ。

 犬居城は鎌倉時代からの領主、天野氏が本拠地としていた。発掘調査では、三の曲輪(くるわ)を囲む堀が幅6.1メートル、深さ1.7メートルと、市内の山城で最大級の規模と判明した。

 土塁もめぐらされており、文化財課は「鉄砲に対する防御を高める工夫」と指摘する。崖を切り落として堀をめぐらす工法は武田氏の築城術を物語り、天野氏が配下に入って間もない三方原合戦(1572年)の後、要塞(ようさい)化を進めたとみている。

 一方、犬居城から東南約1.5キロにある堀之内城山城では、多くの遺物が出土。破片で見つかった陶磁器の年代から、市では、16世紀後半に使われていた城と判断した。

 家康は1574年、犬居城を奪い取ろうと兵を挙げたが、失敗。武田氏は徳川包囲網を広げたが、翌年の長篠の戦いで織田・徳川連合軍に敗れ、急速に勢力を弱めた。家康は二俣城(天竜区)を攻略後、76年に犬居城を奪っており、堀之内城山城が本陣となったとも言われている。

 市は12日、犬居城址(じょうし)顕彰会と共催し、見学ウオーキングを開く。午前に堀之内城山城跡、午後に犬居城跡を巡る。

 受け付けは午前が8時30分から同50分まで、午後が0時20分から同40分まで、近くの春野ふれあい公園で。無料で現地集合。急坂のある山道を通るため、山歩きができる服装が必要。

 雨天中止。問い合わせは、市文化財課=電053(457)2466=へ。当日は、春野地域自治センター=電053(983)0001=へ。

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