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【福井】開窯20年記念し個展 越前焼作家の福嶋さん

ジャンル・エリア : 福井  2009年10月12日

開窯から20年、手話で気持ちを伝え合ってきた福嶋伸彦さん、元美さん夫妻=永平寺町松岡神明の芭里音で

開窯から20年、手話で気持ちを伝え合ってきた福嶋伸彦さん、元美さん夫妻=永平寺町松岡神明の芭里音で

 35年前に特殊学校として初めて全国高校軟式野球大会に出場した県立ろう学校(福井市)のエースだった福嶋伸彦さん(52)=越前町小曽原=が、越前焼の窯元として開窯20年を迎えた。全国大会への出場を認めさせた反骨精神と、二人三脚で歩んできた妻の元美さん(54)の存在が、陶芸家としての成功を後押しした。16日まで永平寺町松岡神明のギャラリー喫茶「芭里音(ばりおん)」で記念個展を開いている。

 
 1974(昭和49)年夏。県大会で優勝した同校は「特殊学校の出場は地方大会まで」との当時の日本高野連の規定で、全国大会をかけた北信越大会への道を閉ざされた。

 だが、抗議の意を込めて北信越大会決勝を観戦した福嶋さんたちの姿が報道されると世論の共感を呼び、特別枠での全国大会出場が認められ、後の障害者スポーツの差別解放の一助となった。

 絵画やモノづくりも得意だった福嶋さんは、卒業と同時に地元の伝統産業である陶芸界へ。工房での下積み時代は自分の気に入った色合いが見つからず、何度も挫折しかけた。

 そんなときに思い出したのが、藤井寺球場(大阪府)での全国大会初戦で踏みしめたマウンドの感触。「あきらめたら夢はつかめない」。誰よりも遅くまで釉薬(ゆうやく)の調合を重ねた末、くすんだ暗色をベースにわずかな輝きが浮かぶ「ほたる色」を作り上げた。

 福嶋さんにとって野球には、もうひとつ特別な意味がある。卒業後に所属した同校OBチームのマネジャーが、手話が得意な健常者の元美さんだった。

 89年に越前陶芸村に「ほたる窯」を開業後、受注交渉や展示会での案内業務は元美さんが一手に引き受けてきた。「私たちは二人で一人だから」。そう話す元美さんを見つめ、福嶋さんは恥ずかしそうに笑う。

 福嶋さんの持ち味は、釉薬を塗り分け越前海岸に沈む夕日を表現した作品。「太陽は沈むけど、翌日にはまた昇る。希望を持ち続けることの大切さが伝われば」。元美さんの口を借りて、福嶋さんの言葉があふれ出た。

 (谷悠己)

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