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【愛知】大正創業の旅館取り壊しへ 常滑の丸久

ジャンル・エリア : 愛知 | 文化 | 歴史  2014年05月22日

今秋にも取り壊されることになった丸久旅館の前に立つ(左から)柏野さん、井上豊さん、恵美子さん=常滑市鯉江本町で

今秋にも取り壊されることになった丸久旅館の前に立つ(左から)柏野さん、井上豊さん、恵美子さん=常滑市鯉江本町で

 常滑市の名鉄常滑駅前で大正時代から続く老舗「丸久旅館」の建物が道路拡張に伴い、今秋にも取り壊されることになった。地場産業の常滑焼全盛期や中部国際空港の埋め立て工事といった常滑の今昔を見守り続けた伝統建造物の代表格。経営者の家族、市民も「時代の流れだが、寂しい」と残念がっている。

 丸久旅館は三代目当主、井上豊さん(77)の義理の祖母が大正年間に創業した。増改築を繰り返し、割烹(かっぽう)旅館として繁盛した。

 建物で最も目を引くのが、黒色の外壁と瓦屋根が重厚な雰囲気を醸す木造3階の東側の棟。1935(昭和10)年ごろ、多屋地区の宮大工が建てたという。

 養女として井上家に入った豊さんの妻恵美子さん(70)は2歳だった45年から旅館の一角で暮らす。当時は駅西側が埋め立てられる前で、旅館の前は伊勢湾が広がっていた。「昔は泊まりの釣り客が多く、朝は海までよく見送った」と懐かしむ。

 高度経済成長期、生産全盛の土管やタイルを買い付けに来た業者の宿泊が目立ち、50人の泊まり客で満室状態の日も少なくなかった。多い時で女性従業員8人を抱え、宴会に芸者が出入りした。

 有名人の利用も多かった。歌手の故河島英五さんは泊まった和室でギターを爪弾いた。映画の撮影の合間に故谷啓さんや監督山田洋次さんも食事に来た。市内で公演のあった故美空ひばりさんに弁当を届けたこともあった。

 平成に入っても空港建設などの作業員らでにぎわったが、恵美子さんが体調を崩し、2007年に宿泊業務をやめた。地元住民の宴会や周辺企業などへの弁当配達は続けてきた。

 木造の建物は、常滑の古き街並みを象徴する景観を成していたが、敷地の一部が県道などの拡幅用地に入ったため、全ての業務を終え、建物の解体を決めた。

 豊さんは「お客さんは『壊すのはもったいない』と言ってくれるが、常滑の発展のためにはやむを得ない」、次女の柏野とよ美さん(47)は「寂しいけど、最後は皆さんに見てほしい」と話している。

 丸久旅館は6月8日~7月13日の毎週土・日曜の午前11時~午後3時に建物内を公開し、別れを惜しんでもらう。 

 (安田功)

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