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【愛知】繊維協会ビル解体危機 一宮・1933年築の洋館

ジャンル・エリア : 愛知 | 文化 | 歴史  2014年06月19日

81年前に建てられた尾西繊維協会ビル。昭和初期の繊維業界の繁栄を象徴している=一宮市栄で

81年前に建てられた尾西繊維協会ビル。昭和初期の繊維業界の繁栄を象徴している=一宮市栄で

 昭和初期に建造され、一宮市の繊維産業の繁栄を象徴する尾西繊維協会ビル(同市栄)が、存続の岐路に立つ。長年入居してきた繊維関連団体の事務所が、近くに新設される一宮商工会議所会館に移転するためだ。このまま借り手が見つからないと、来年秋ごろには、地域の「ランドマーク」は80年余りで姿を消す。装飾に優れ、ノスタルジーを感じさせる洋館だけに、市民から惜しむ声も聞かれる。

 建物は、1933(昭和8)年に建造された鉄筋コンクリートの3階建て。建設時、こうした近代建築の造りは、現在の一宮市旧庁舎などごくわずかしかなかった。45年7月の一宮空襲で市街地一帯が焼け野原になった時も、残った数少ない建物の一つだった。

 白いアーチ窓と茶色のタイル張りの外壁、天井や壁には花柄などの装飾が施されている。建設されたころ、毛織物の服地の需要が急増し、繊維業界が急速に発展を遂げた。業界の勢いは外観の豪華さにも表れている。

 和洋文化が融合する「昭和モダン」の時代を感じさせ、最近ではコスプレ愛好家たちの撮影スポットにもなっている。

 ただ、一宮商議所が来年秋ごろをめどに、建物近くに新会館を建設。これに伴い、入居する尾西毛織工業協同組合など10の団体、企業の事務所も移転または廃止することになった。

 残される建物について、尾西繊維協会の早川隆雄理事長は「レトロで面白い造りだが、繊維の組織を存続していく上で経費は掛けられず、条件が合わなければ取り壊すしかない」と話す。

 協会内でも残した方が良いとの声もあり、借り手を探しているが難航している。見つからなければ駐車場になる見通しだ。

昭和天皇が戦後復興の視察に訪れた際に座ったいす=一宮市栄で

昭和天皇が戦後復興の視察に訪れた際に座ったいす=一宮市栄で

◆昭和天皇のいす残る

 終戦間もない1946(昭和21)年、昭和天皇が一宮市を視察した際に座った一人掛けの装飾いすが、尾西繊維協会ビルの倉庫に保管されている。

 尾西毛織工業協同組合の90年史「毛織のメッカ尾州 尾西毛織工業90年のあゆみ」によると、昭和天皇は愛知、岐阜県を巡幸した46年10月、一宮中学校(現一宮高校)や一宮市役所などを訪れた。当時、県毛織物工業統制組合尾西支所だったこのビルにも立ち寄り、毛織産地の復興ぶりを見たという。

 今も残る昭和天皇が座ったいすは、金華山織りのきらびやかな模様に覆われているが、布地は半世紀の間に劣化が進んでいる。

 ビルの取り壊しが決まった場合、移して保管する場所がないため、尾西繊維協会は、公的な団体を中心に引き取り手を探している。

 (安福晋一郎)

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