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【岐阜】北太平洋の竹細工 シベリア抑留された岡本さん個展

ジャンル・エリア : 岐阜 | 歴史  2014年08月10日

北方領土など北太平洋の竹細工を披露する岡本定男さん=岐阜市神室町のギャラリーふれんどで

北方領土など北太平洋の竹細工を披露する岡本定男さん=岐阜市神室町のギャラリーふれんどで

 太平洋戦争後に2年4カ月間にわたりシベリアに抑留された岐阜市鷺山若草町、岡本定男さん(95)が13日まで、同市神室町のギャラリーふれんどで竹細工の個展をしている。目を引くのは、北方領土など北太平洋を表現した竹細工の地図。戦渦の記憶を若い世代に伝えるきっかけになればと願っている。

 青色で海を表した40センチ四方の台に北海道とロシアの一部をかたどった竹片を並べた。択捉島と国後島、色丹島、歯舞群島、そして樺太の南半分と千島列島を表す部分は赤く塗った。旧日本軍が終戦まで侵攻した地区だ。

 「忘れようとしても忘れられない。ここで捕虜になったんだ」。岡本さんがつぶやいた。1940(昭和15)年に22歳で赤紙を受け取って航空整備士になり、千島列島のパラムシル島(幌筵島)で終戦を迎え、旧ソ連軍の捕虜になった。

 「東京に送る」とだまされて送られたシベリアは、冬になると氷点下40度になる。「鼻毛まで凍った」と岡本さん。朝から晩までブリキの玩具を作らされ、3度の食事は小麦のふすまや白アズキの水煮を飯ごうのふたに一杯だけだった。週に1度の休日は、自分たちの収容所のトイレの穴にたまる便を棒で崩す作業で終わった。

パラムシル島赴任当時の岡本さん(左)=岡本さん提供

パラムシル島赴任当時の岡本さん(左)=岡本さん提供

 戦後は川崎重工に勤務し、定年退職後の79歳から竹細工を始めた。これまで戦争前後の体験を進んで語ることはなかったが、最近、若い世代と語り合う必要性を感じた。武器輸出の解禁や、集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更に危機感を抱いているからだ。

 「私は20代のほとんどを戦争に奪われたが、今の子どもたちの青春は守りたい」。会場には、戦時中の自分の写真も展示している。

 (松野穂波)

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