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【愛知】煙突遺構を発掘、一般公開を開始 トヨタ産業技術記念館

ジャンル・エリア : 愛知 | 文化 | 歴史  2015年06月09日

工場が稼働していた時代の煙突(トヨタ産業技術記念館提供)

工場が稼働していた時代の煙突(トヨタ産業技術記念館提供)

 トヨタ自動車グループ創始者の豊田佐吉が101年前に名古屋市西区に建てた紡績工場の煙突の遺構が、跡地にあるトヨタ産業技術記念館(同区則武新町4)の中庭で発掘された。ゲリラ豪雨対策の工事で中庭を掘り進めたところ、基礎部分が見つかった。グループ発展の歴史などを伝える産業遺産として、記念館が一般公開を始めた。

 この煙突は1914(大正3)年、糸を生産する紡績工場の新設に合わせて建てられ、発電用ボイラーの排煙に使われた。れんが製の基礎の上に、高さ30メートルの煙突がそびえた。工場の電力の3分の1を担ったが、戦争のため、鋼鉄製の煙突は40年代前半に発電機とともに供出されたとみられる。

 当時の図面から煙突の基礎が存在することは分かっていたが、記念館の中庭に埋まったままだった。2013年9月に数センチの浸水被害があり、豪雨対策のため中庭を5.5メートル掘り下げる工事をすることに。遺構を壊さないよう昨年夏に試掘したところ、基礎が現れた。

 展示された基礎は一辺2.5メートルの八角形。実際は2.5メートルの高さがあるが、地下水脈にぶつからないよう1.1メートルだけ掘った。中央に円形の穴があり、石炭を使うボイラー室と煙道がつながって鍵穴のような形になっている。大半の部分は煙突の稼働時から地中に埋まっていたという。

公開された煙突の基礎部分=名古屋市西区則武新町4で

公開された煙突の基礎部分=名古屋市西区則武新町4で

 煙道は今も黒くすすけており、稼働していた名残を伝える。煙突を固定したボルトも残っている。近くには、工場で使われていたのと同種の発電機も展示されている。

 学芸員の成田年秀副館長(60)は「豊田佐吉が周囲の反対を押し切って紡績工場を建てた結果、糸の品質が安定して織機の開発が進んだ」とグループ発展の源流を紹介。「その工場に使われた煙突の遺構を通じ、工場建設を決断した佐吉の強い執念を感じてほしい」と話している。

 (藤嶋崇)

<トヨタ産業技術記念館にあった工場> トヨタ自動車グループ創始者の豊田佐吉が名古屋市西区に建てた織布、紡績工場は、1914年に始まった第1次世界大戦の特需を受けて設備を増強。現在のれんが造りの建物は当時の工場棟を活用した。基礎が見つかった煙突はれんがより耐震性に優れるとされた鋼鉄製を採用していた。金属供出で織機や発電機を失った戦時中は、戦闘機の鋼板や歯車を製造した。

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