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【京都】引き揚げのまち・舞鶴 京都府

ジャンル・エリア : 歴史 | | 近畿  2015年10月29日

抑留者に関する資料が並ぶ舞鶴引揚記念館

抑留者に関する資料が並ぶ舞鶴引揚記念館

抑留の重い史実伝える

 日本海に面した京都府舞鶴市は、軍港が終戦とともに海外からの引き揚げ指定港になった「引き揚げのまち」。シベリアに抑留された息子の生還を待ち続ける母の姿を歌った大ヒット曲「岸壁の母」の舞台といえば、大概の年配者はうなずけるに違いない。

 世界記憶遺産に登録された抑留者に関する資料を所蔵するのが丘陵地の公園にある舞鶴引揚記念館。9月末に改修を終えたばかり。訪ねると、駐車場は自家用車と大型バスでいっぱい。重いテーマの展示にもかかわらず、登録の効果で館内は活気に満ちたように感じられた。

 慰問袋や千人針などの時代を象徴する展示物に続き、ラーゲリー(捕虜収容所)のジオラマ、シベリアで使われた食器や絵画が並ぶ。抑留体験者の証言映像、タッチパネルでの解説など引き揚げの史実を分かりやすく伝えている。舞鶴への引き揚げ者は1945年10月から58年9月までに約66万人。膨大なドラマがあっただろう。

「岸壁の母」のモデルとなった端野いせさんのコーナー

「岸壁の母」のモデルとなった端野いせさんのコーナー

 紙がないため樹皮にすすで作ったインクでつづったのが「白樺(しらかば)日記」。同胞の死を詠んだ句に「屍(かばね)移す馬橇(うまそり)の哀(かな)し木立かな」がある。故郷の母への思いをつづった短歌も。

 館内には案内役の語り部が控える。この日は88年の開館から従事する岩田鶴松さん(87)。「一番見てほしいのは白樺日記。帰れなかった人たちの心に思いを寄せれば、その中に平和がある。最近、修学旅行生が増えたんです。命の尊さを学んでいってほしい」と願っていた。

 「岸壁の母」のモデルとなった故端野(はしの)いせさん(1899~1981年)のコーナーは、母子や映画ポスターの写真パネルが目を引く。「戦災にもあわず母は達者でお前の帰還を待ってゐます」と息子に宛てた手紙が切ない。

 記念館のある公園から舞鶴湾を見下ろすと、復元された平引揚桟橋が見えた。引き揚げ船から小舟に乗り継いだ引き揚げ者が帰国の第一歩を踏み締めた場所だ。船が着くたびに、出迎えの家族から悲鳴にも似たおえつと爆発するような喜びの声が交錯したという。 (小畑一成)

引き揚げ者が上陸した舞鶴湾。引揚援護局跡の工場の下に復元された平引揚桟橋が見える=いずれも京都府舞鶴市で

引き揚げ者が上陸した舞鶴湾。引揚援護局跡の工場の下に復元された平引揚桟橋が見える=いずれも京都府舞鶴市で

 ▼メモ 舞鶴引揚記念館へは、JR東舞鶴駅からタクシーで15分、バスで20分。舞鶴若狭道・舞鶴東ICから車で15分。毎月第3木曜と年末年始休館。入館料大人300円。赤れんが博物館との共通券は400円。(電)0773(68)0836。舞鶴市は旧海軍舞鶴鎮守府があったため、海軍の倉庫や工場など赤れんがの建造物が多く残る。11月末までの土日祝日は、港めぐりの遊覧船も楽しめる。観光の問い合わせは、舞鶴観光協会(電)0773(75)8600

(中日新聞夕刊 2015年10月29日掲載)

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