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【愛知】吉田城の精巧復元模型、組み木で製作中 豊橋の竹本さん

ジャンル・エリア : | 展示 | 愛知 | 歴史  2016年02月19日

吉田城本丸御殿の模型を作る竹本充宏さん=豊橋市で

吉田城本丸御殿の模型を作る竹本充宏さん=豊橋市で

 豊橋市の大工竹本充宏さん(62)が、江戸時代中期に地震で倒壊した三河・吉田藩の吉田城本丸御殿の精巧な模型を作っている。幅と奥行きが各3メートル、高さ1メートルほどで、今年末までに完成させる計画。その先には、戦国時代の三英傑も重要な拠点にしたとされる城の復元を願う思いがある。

 角材から住宅建材を切り出す大型の工具を使い、厚さわずか1ミリの部品までも作る。数も半端ではない。「斗●(ときょう)」と呼ばれる軒を支える部分は、大広間だけでも20カ所あり、それぞれが10個のパーツからなる。全て組み木で、接着剤やくぎは使わない。費用は全て竹本さんの持ち出しだ。

 「屋根部分の板は、ちょうど良くしなるように厚さ1ミリが理想。それを幅3ミリの丸のこで切り出さなければならないから大変だ」と語る。

 模型作りのきっかけは、2014年秋に愛知県で開かれた技能五輪全国大会。5年をかけて完成させた平等院鳳凰堂の30分の1模型を出展すると、NPO法人「吉田城復元築城をめざす会」(豊橋市)のメンバーで、豊橋大工組合元組合長の本田勝久さん(66)がほれ込んだ。「これだけの技術を持っている人は豊橋に他にはいない。ぜひ力を貸してほしい」

 快諾した竹本さんは14年末、自宅に併設した工房で14分の1スケールの製作に取り掛かった。全国に散らばった吉田城の図面のうち、笠間稲荷(いなり)神社(茨城県笠間市)に伝わる平面図を基に、名古屋城や掛川城(静岡県)を参考にしながら壁や屋根の意匠を考えていく。

 めざす会は14年4月にNPO法人化し、市民らからの寄付を元手にした復元計画を考え始めた。かつての所在地、豊橋公園の鉄櫓(くろがねやぐら)そばでの本丸御殿再建を目指す。その要が模型だ。磯部馨理事長(70)は「まずはどんなものか広く知ってもらいたい」と話す。

◆あすから2日間、大広間など公開

 20、21日には豊橋市職業訓練センターで大広間と玄関部分を公開する。(問)めざす会=0532(61)5116

 (小原健太)

●は木へんに共

 吉田城 東三河地方の国人領主牧野古白(こはく)が1505年に築城した今橋城が前身とされる。浜松城が本拠の徳川家康が重臣の酒井忠次を城主とし、三河に侵攻した甲斐の武田勝頼軍を退けた。その功績をたたえて織田信長が来城した。豊臣秀吉が家康を関東に封じた後には、旧臣の池田輝政を置いたことからも、重要な拠点だったことがうかがえる。本丸御殿は江戸時代に入った1622年に築かれ、徳川家など要人の宿に使われた。1707年の宝永地震で倒壊し、再建されなかった。

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