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【滋賀】彦根の繁栄を張り子が証明 江戸後期製作の木型見つかる

ジャンル・エリア : 展示 | 文化 | 歴史 | 近畿  2016年06月23日

張り子の木型と、30年間保管していた古川さん。「気味が悪い形だったけど残していてよかった」と振り返る=彦根市日夏町で

張り子の木型と、30年間保管していた古川さん。「気味が悪い形だったけど残していてよかった」と振り返る=彦根市日夏町で

 彦根市で江戸後期から張り子玩具が作られていたことを裏付ける木型が、市立図書館で初公開されている。張り子は都市部を中心に発達した玩具とされており、近江郷土玩具研究会代表の藤野滋さん(59)=東近江市五個荘=は「彦根が豊かだった証拠」と話す。26日午後2時から、図書館で講演する。

市立図書館で公開 26日講演会

 見つかった木型は8体。うち6体は1986(昭和61)年、彦根市日夏町の旧日夏小学校の校舎解体に伴い、廃棄処分が決まった校内にある寄贈品だった。自由に持ち帰れるという連絡を受けた近所の古川与志継(よしつぐ)さん(65)は、貴重な木型とは知らずに持ち帰り、自宅で保管してきた。

 長さ41センチあるトラの頭部や縦横35センチのタイ、笑みを浮かべた人物の頭部…。「気味が悪い形をしているけど、地域に伝わったもの。いずれ評価される品かもと、捨てずにいた」と古川さん。

 日夏町自治会が地元の歴史を編集した文書には、面を作る「面張職」の家があったとの記述がある。藤野さんが調べたところ、先祖が張り子の面を作っていたと証言する子孫に会うことができた。この子孫は木型1体を所有していた。

 張り子は紙を木型に貼り付け、乾いたら木型を抜き取って彩色する。もとは使用済みの紙「反古(はんこ)紙」を使っていたため、この紙が大量にある都市部が産地となっている。関西では大阪、京都が知られる。

 藤野さんは「張り子があることは、彦根が有数の都市だった象徴。郷土玩具界では画期的な発見で、話題になっている」と話す。

 県内では「草津張り子」が代表的だが、「大阪などからの移入品」とも言われてきた。彦根で張り子を飾る流行は、大老の彦根藩主・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変の影響で自粛され、衰退したとみられる。藤野さんは「実際は最初に彦根の張り子が草津に伝わったのでは」と推測する。

 講演では「発見!彦根張り子-幻の玩具を探して」と題して話す。

高橋狗佛収集の玩具などを展示

彦根に伝わる張り子の首振りトラ(右)と、トラの首の木型とを比較する藤野さん=彦根市立図書館で

彦根に伝わる張り子の首振りトラ(右)と、トラの首の木型とを比較する藤野さん=彦根市立図書館で

 彦根藩井伊家の養育係を務め、郷土玩具収集家として知られる高橋狗佛(くぶつ)(1874~1953年)は、自らの幼少年時代をつづった手記で、井伊家の五月節句に張り子が飾られていたことを記している。

 「大きな犬ほどもある張り子の首振りトラ」「引くとピンピンと鳴ってひれをゆらゆらと動かす大きなタイ車」といった描写があり、彦根で添え人形として張り子を飾る風習があったことがうかがえる。

 実物はほとんど残っていないが、近代以降に製作された可能性が高い張り子の首振りトラや、江戸期の作とみられるタイ車が彦根市内で見つかっている。全国の張り子を見てきた藤野滋さんは「彦根のは大きくてデザインのレベルが高い。色塗りも丁寧で、良い職人がいた」と評価する。

 市立図書館では、新発見の木型とともに、彦根張り子を今月末まで展示する。高橋が大正後期から昭和初期に集めた全国の郷土玩具コレクション2300点のうち、200点も飾った。

(河辺嘉奈子)

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